店舗や事務所などの事業用賃貸物件を管理していると、居住用物件ではあまり経験しないトラブルに遭遇することがあります。
「同じ建物の賃貸借なのだから、アパートやマンションとそれほど変わらないのでは?」と思われるかもしれまんが、事業用物件の場合、借主はその場所を使って商売をしています。そのため、雨漏りや設備故障などによって営業できなくなれば、単に「物件が使いにくい」という問題だけでは済まず、商品や什器の損害、休業、売上への影響などへ話が広がる可能性があります。
この記事では、不動産管理の実務で経験してきた事例も交えながら、事業用賃貸物件で起こりやすいトラブルと管理上の注意点について解説していきます。
事業用賃貸では、居抜き、用途変更、看板、駐車場、保証金、原状回復、漏水、休業など、契約時には想定していなかった問題が大きなトラブルへ発展することがあります。
重要なのは「事業用だから特別」と考えることではなく、契約段階でリスクを整理し、問題が発生した際には事実関係と記録を確認しながら対応することです。

事業用賃貸はなぜトラブルが大きくなりやすいのか
事業用賃貸が難しい大きな理由は、借主がその物件を使って事業を行っていることです。居住用物件で設備が故障した場合にも早急な対応は必要ですが、事業用では設備の故障がそのまま営業停止につながることがあります。
たとえば飲食店で給排水設備が故障すれば、調理や洗浄ができず営業そのものが困難になることがあります。さらに雨漏りや漏水が発生すると、建物の修繕だけではなく、次のような問題へ広がる可能性があります。
- 商品が濡れた
- 什器や機械が故障した
- 店舗を休業した
- 予約をキャンセルした
- 復旧まで売上が落ちた
私自身、管理していた事業用物件で雨漏りが発生し、借主の商品が濡れてしまったことで、オーナー様に対して数百万円規模の損害賠償を求められたケースを経験しています。
実際にどこまで貸主側の責任となるかは、雨漏りの原因、過去の修繕履歴、不具合を把握していたか、発生した損害との因果関係などによって変わりますが、事業用物件では一つの建物トラブルが大きな金額の問題につながることがあります。
このため事業用物件では、「何かあったら修理すればよい」という管理ではなく、契約内容と建物の維持管理をセットで考えることが重要です。
店舗や事務所にも借地借家法は適用される
「借地借家法は住宅の借主を守る法律だから、店舗や事務所には関係ない」と思われることがあります。しかし建物の賃貸借である以上、店舗や事務所などの事業用物件についても借地借家法が適用されるのが原則です。
そのため普通建物賃貸借契約であれば、契約期間が満了したという理由だけで当然に契約が終了するとは限りません。貸主側から更新を拒絶したり契約を終了させたりする場合には、契約内容や借地借家法上の正当事由などを確認する必要があります。
商業施設内の売場や一部スペースの利用などでは、その場所の構造、独立性、使用形態、契約内容などから、「建物の賃貸借」に当たるかどうかが問題になる場合があります。
単に区画を細かく分けたり、契約書の名称を「使用契約」「施設利用契約」などとしただけで借地借家法の適用関係が決まるわけではありません。実際の契約内容や利用形態を含めて判断する必要があります。
事業用賃貸借契約書については、以下の記事でも詳しく解説しています。
事業用賃貸で起こりやすいトラブル
事業用物件では、入居後の設備トラブルだけでなく、契約時の取り決めが曖昧だったことを原因として問題が起こるケースも少なくありません。ここからは、実際の管理現場で特に注意したい問題を見ていきましょう。
居抜き・造作譲渡のトラブル
飲食店や美容室などでは、以前のテナントが設置した内装や設備を残したまま次の借主へ引き継ぐ、いわゆる居抜きが行われることがあります。居抜き自体が問題なのではありません。
問題になりやすいのは、次のような点が曖昧なまま契約してしまうケースです。
- 誰が何を所有しているのか
- 設備が故障した際に誰が修理するのか
- 退去時に誰が撤去するのか
- 旧借主と新借主の間でどのような造作譲渡契約があるのか
特に注意したいのが、退去する借主が次の借主を自分で連れてきて、貸主や管理会社が関与しないまま造作譲渡や営業権譲渡の話を進めているケースです。
貸主や管理会社の知らないところで、「保証金もそのまま引き継げると聞いている」「このエアコンは貸主設備だと聞いた」「退去するときもこの状態で返せばよいと言われた」などと話が進んでいると、契約後に認識の違いが表面化することがあります。
旧借主が造作を残して退去する場合には、造作・設備等の所有権や撤去義務について書面で整理しておくことが重要です。
次の借主が使用する設備についても、貸主設備なのか、旧借主から譲渡された設備なのか、残置物なのかを契約時に明確にしておきましょう。
設備と残置物の違いについては、以下の記事でも詳しく解説しています。
営業内容・用途変更のトラブル
事業用賃貸借契約では、物件の使用目的をできるだけ具体的に定めておくことが重要です。単に「店舗」「事務所」とするだけではなく、美容室、飲食店、建設会社事務所、物品販売店舗など、実際の使用目的が分かるようにしておきます。
なぜなら、同じ「店舗」であっても業種が変われば建物への負担や近隣への影響が大きく変わるからです。物販店だった場所が飲食店になれば、給排水、排気、防火設備、臭気、害虫、営業時間など、新たな問題が発生する可能性があります。
そのため契約書では、使用目的を定めるとともに、業種や用途を変更する場合には事前に貸主の承諾を得る旨を定めておくのが基本です。
ただし、貸主が承諾すればそれだけで営業できるとは限りません。業種変更によって、建築基準法上の用途の扱いが変わる場合があり、用途変更に伴って確認申請や一定の法令適合確認が必要になるケースもあります。
たとえば、これまで事務所や物販店舗として使用していた区画を、飲食店、福祉施設、保育施設、クリニックなど別の用途で使用する場合には、建物の用途、床面積、既存建物の状況などによって確認すべき事項が増えることがあります。
また、消防法上の問題にも注意が必要です。新しい業種で営業を始めた後、消防署の立入検査などで、誘導灯、自動火災報知設備、消火器、防火区画、避難経路などについて指摘を受けることがあります。
特に、不特定多数の人が出入りする用途や、飲食店、福祉施設などへ変更する場合には、これまで必要なかった消防設備が必要になることもあります。
特に飲食店、美容室、クリニック、保育施設、福祉施設などは、建築基準法上の用途、消防法上の設備、保健所その他の許認可など、営業開始までに確認すべき事項が多くなります。
賃貸借契約を締結できたからといって、その場所で予定している営業を必ず開始できるとは限りません。借主側にも、必要な許認可や設備条件について事前に確認してもらうことが重要です。
看板・共用部分の使用
事業用物件では、看板の設置をめぐる問題も起こります。契約時には小さな看板を想定していたのに、いつの間にか大型の電飾看板が設置されていた、といったケースもあります。
看板については、次のような事項を事前に確認しておきます。
- 設置できる場所
- 大きさ
- デザイン
- 照明の有無
- 取付方法
- 退去時の撤去・原状回復
特に外壁へ穴を開ける工事や電気配線を伴う場合には、建物そのものへ影響します。そのため、看板等を新設・変更する場合には事前に貸主または管理会社の承諾を得るという取り決めをしておくと管理しやすくなります。
駐車場や来客車両のトラブル
店舗では、借主が契約している駐車場だけでなく、来客車両や駐輪車両が問題になることもあります。
- 他テナントの区画へ駐車する
- 敷地内の空いている場所へ無断駐車する
- 道路上で客待ちをする
- 夜間に長時間アイドリングする
- 店舗前に自転車やバイクが大量に駐輪される
こうした問題は、営業開始後に突然ルールを変更しようとすると借主との調整が難しくなる場合があります。駐車できる場所、来客車両の扱い、荷捌き、駐輪場所など、物件ごとに必要なルールを契約前に整理しておくことが大切です。
保証金・償却のトラブル
事業用賃貸では、居住用の敷金より高額な保証金を預かるケースがあります。また、「解約時に保証金の○%を償却する」「一定額を償却する」などの取り決めが行われることもあります。
保証金の償却については、金額や計算方法、償却する時期などを契約書へ明確に記載しておくことが重要です。
さらに、「償却金とは別に原状回復費用を請求するのか」「未払い賃料やその他の債務をどのように精算するのか」といった点が曖昧だと、退去時に認識の違いが生じる原因になります。
事業用では保証金自体が高額になるため、契約書の一文の違いが退去時に大きな金額差になることがあります。特に償却と原状回復費用の関係は、契約時に確認しておきたいところです。
原状回復のトラブル
事業用物件では、原状回復工事が数百万円単位になることもあります。店舗の場合、間仕切り、厨房設備、給排水管、ダクト、看板、照明、床・壁・天井など、大規模な造作が行われることがあるためです。
そのため契約前に、「退去時にどの状態まで戻すのか」をできるだけ具体的にしておく必要があります。
特にスケルトン渡しの物件では「スケルトン返し」とするケースがありますが、「どこまで撤去すればスケルトンなのか」について貸主と借主の認識が一致しているとは限りません。床、天井、給排水管、電気配線、空調設備など、物件ごとに確認しておく方が安全です。
事業用物件では、契約開始時の写真を残しておくことをおすすめします。図面だけでは「もともと何が設置されていたのか」が分からなくなるためです。
貸主設備、残置物、借主造作などを写真と一覧表で記録しておくと、退去時に原状回復の範囲を確認しやすくなります。
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雨漏り・漏水による商品や設備への被害
事業用物件の管理で特に注意したいのが雨漏りや漏水です。建物自体の修繕費だけで済めばまだ整理しやすいのですが、店舗の商品、パソコン、工作機械、什器などに被害が生じると、損害額が大きくなることがあります。
ここで重要なのは、事故が発生した直後に「大家が全部払います」「こちらには責任がありません」といった判断をしてしまわないことです。
まずは次のような事実関係を確認します。
- 漏水・雨漏りの原因
- 発生日時
- 過去の修繕履歴
- 借主から以前に不具合の連絡があったか
- 被害を受けた物品
- 被害状況の写真・動画
- 応急処置や修繕の経過
- 貸主・借主双方の保険の内容
特に、以前から雨漏りや設備不良を指摘されていたにもかかわらず長期間対応していなかった場合には、その経緯が責任判断へ影響する可能性があります。一方で、それまで異常がなく突然発生した事故など、事前に把握することが難しかったケースもあります。
原因やこれまでの経緯によって責任関係は変わるため、まずは「何が起きたのか」を客観的に整理することが重要です。
修繕工事をしたら休業補償を払わなければならないのか
事業用物件で問題になりやすいのが、「工事で店を休んだのだから、その間の売上を補償してほしい」という要求です。
しかし、「修繕工事だから補償は不要」「休業したのだから貸主が当然に補償する」と一律に判断することはできません。実際には、事故や修繕が必要になった原因、契約内容、貸主側の対応、営業への影響などを確認する必要があります。
- 工事が必要になった原因
- 貸主側の責任の有無
- 修繕対応に不合理な遅れがなかったか
- 店舗を実際にどの程度使用できなかったか
- 休業する必要があったのか
- 営業を継続できる方法がなかったか
- 損害額を客観的な資料で確認できるか
- 契約書にどのような定めがあるか
借主から「休業した日の売上が100万円だから100万円補償してほしい」と言われたとしても、その売上額がそのまま損害額になるとは限りません。
営業損害を検討する場合には、利益、固定費・変動費、休業期間、代替営業の可能性、事故と休業との因果関係なども含めて確認する必要があります。
高額な営業損害の請求を受けた場合には、管理会社だけで責任の有無や金額を判断せず、貸主の保険会社や弁護士などへ相談しながら対応するのが安全です。
台風・豪雨などの自然災害の場合
台風、豪雨、地震など自然災害による損害についても、単純に「自然災害だから貸主には一切責任がない」と考えない方がよいでしょう。
たとえば同じ豪雨による雨漏りでも、それまで異常がなかった屋根が暴風雨によって突然破損したケースと、以前から雨漏りを繰り返していたにもかかわらず修繕されないままになっていたケースでは、事情が異なります。
事故原因が台風や豪雨だったかどうかだけではなく、以前から不具合がなかったか、必要な修繕が行われていたか、事故発生後の対応は適切だったかなども整理する必要があります。
自然災害が関係する事故では、建物の火災保険や施設賠償責任保険などが関係する場合もあるため、保険会社への早めの連絡も重要です。
管理会社がトラブル発生時に行うべきこと
事業用物件で事故やクレームが発生すると、被害額が大きくなりやすいため、初動が非常に重要です。私は基本的に、次のような順番で事実関係を整理するようにしています。
- まず現場の状況を確認する
- 写真・動画を残す
- 借主から発生状況を聞き取る
- 必要な応急処置・業者手配を行う
- 事故原因を確認する
- 過去の修繕履歴や連絡履歴を確認する
- 賃貸借契約書を確認する
- 貸主へ報告し、保険会社へ連絡する
- 高額な賠償問題であれば専門家へ相談する
この際に重要なのは、原因が分からない段階で責任の有無を断定しないことです。借主から強く回答を求められると、その場で結論を伝えたくなることがあります。
しかし、まずは「原因と被害状況を確認し、契約内容や保険会社とも相談したうえで回答する」という順番で進めた方が安全です。
事業用物件では、電話だけで話を終わらせないことも重要です。事故日時、借主からの申告内容、こちらから伝えた内容、業者の見解、応急処置、修繕日程などを管理記録として残しておきます。
後になって「そんな説明は聞いていない」「以前から連絡していた」といった話になった場合、この記録が経緯を確認する重要な資料になります。
事業用賃貸は契約時の取り決めが重要
ここまでいくつものトラブルをご紹介してきましたが、多くの問題に共通しているのが、「契約時にもう少し整理しておけば、ここまで揉めなかった」という点です。
事業用賃貸では、物件や業種によって確認項目が変わりますが、少なくとも次のような事項は契約時に整理しておきたいところです。
- 使用目的・業種
- 営業時間
- 看板の設置
- 共用部分の使用方法
- 駐車・駐輪ルール
- 搬入・荷捌き方法
- 内装・設備工事の承認
- 貸主設備と残置物の区分
- 修繕負担
- 原状回復の範囲
- 保証金・償却
- 借主の保険加入
- 緊急連絡先
もちろん、契約書に書いておけばどのような問題でも完全に防げるわけではありません。それでも、契約内容が明確であるかどうかによって、トラブルが発生した後の事実確認や話し合いは大きく変わります。
事業用物件では、契約書だけでなく、設備一覧、残置物一覧、工事承認書、図面、写真なども一緒に残しておくことが重要です。
「何を貸したのか」「何を借主が設置したのか」「退去時に何を撤去するのか」を契約開始時に整理しておくことで、将来のトラブルを減らしやすくなります。
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事業用賃貸トラブルのまとめ
店舗や事務所などの事業用賃貸は、居住用物件とは異なる管理上の難しさがあります。特に、借主が物件を使って事業を行っているため、建物や設備の不具合が営業損害などへ広がる可能性がある点には注意が必要です。
特に確認しておきたいのは、次のような問題です。
- 居抜き・造作譲渡
- 営業内容・用途の変更
- 看板・共用部分の使用
- 駐車場・来客車両
- 保証金・償却
- 原状回復
- 雨漏り・漏水
- 商品や什器への損害
- 修繕に伴う休業
ただし、私は「事業用物件だから怖くて貸せない」と考える必要はないと思っています。重要なのは、想定される問題をあらかじめ整理し、契約時にできるだけ明確な取り決めをしておくことです。
そして問題が発生した際には、感覚だけで責任の有無を判断するのではなく、事故原因、契約書、過去の修繕履歴、借主との連絡記録、保険などを一つずつ確認していきます。
事業用物件では、一つの判断ミスが大きな金銭問題へ発展する可能性があります。だからこそ管理会社には、「すぐに責任を決める」のではなく、「すぐに事実を確認して必要な対応を始める」という慎重さが求められます。
契約内容を明確にすること、建物を適切に維持管理すること、そしてトラブル発生時には記録を残しながら事実関係を整理すること。
この3つが、事業用賃貸を安全に管理するための基本だと私は考えています。







