不動産屋さんをしていると、当然ながら様々なパターンの取引を経験するものです。

そして実に不思議なのが、何年不動産屋さんをやっても「全く同じパターンの仕事」に当たることは殆どないという点となります。

もちろん、「賃貸」や「売買」などの大きな括りで考えれば同じ取引の態様となるのですが、『売る』にしろ『買う』にしろ、『貸す』にしろ『借りる』にしろ、お客様の置かれた状況や物件の個性は千差万別ですから、「同じ取引は2つとない」と言える訳です。

それ故に「飽きがこない仕事である」という言い方もできますが、見方によっては「決して油断のできない業界」であるとも言えるでしょう。

なお、不動産屋さん仲間とお酒を飲む際には、「この前、こんな変わった取引をした!」「こんな事態に陥った!」など、仕事の話に華が咲くのですが、時には「驚くほどに珍しい取引や物件に遭遇した」というお話も耳にします。

ちなみに本ブログでもこれまでに、「交換売買」「底地と借地の同時売買」など、レアな取引形態の体験記をご紹介してまいりましたが、先日またまた珍しいパターンの物件を扱う機会がありましたので、その顛末をご報告させていただきます。

では、既存不適格マンションという少々珍しい物件の仲介レポートを見て行きましょう。

既存不適格マンション

 

単なるマンション仲介のはずが

今回のお取引の切っ掛けは、「投資用の分譲マンションを買いたい」というお客様の依頼を受け、物件探しを始めたことに端を発します。

いつものようにレインズやアットホーム、そして不動産屋さん仲間のコネクションを駆使して、ご希望条件に合致する利回り8%以上、価格2500万円までという物件情報を集めておりました。

そんな中、不動産業者間の売却情報共有媒体の中で目に留まったのが、価格2200万円、専有面積50㎡という築年の古い分譲マンションでした。

今回のお客様は投資目的ということで、オーナーチェンジ物件(既に賃貸中であり、賃借人付きのまま取引する物件)でも構わないと聞いていましたし、利回りは9%以上回っていますから、これならお探しのご条件にもピッタリのはずです。

そこで早速、お客様にご連絡を入れて物件を下見に行くことにします。

ちなみに今回のお客様は、まだ40代ながらかなりの資産をお持ちの投資家さんであり、これまでにも数件の収益物件をご購入いただいておりました。

なお今回の物件は賃借中であるため、お部屋の中を見ることはできず、お客様と共に外観と共用部分の様子を見て回わるだけとなりますが、古いながらも管理の行き届いたマンションの雰囲気をかなり気に入っていただけたご様子です。

そして流石に当日はお返事を頂けませんでしたが、数日後「是非お話を進めていただきたい」とのご連絡を受けます。

また、購入費用に際しては「全て自己資金で賄う」とのことですから、ローン付けの心配もない気軽な仲介となるはずでした。

『これは楽で美味しい仕事だ』と少々調子に乗り始める管理人でしたが、元付けの不動産業者(売主側の仲介業者)に電話をした瞬間、淡い期待は一気に崩れ去ります。

買付証明を送ろうと電話を掛けたのですが、応対してくれたのは相当にお年を召した感じのおじいさん社長であり、今後の取引きについてご相談をしても、今一つ話が通じません。

「これではトラブルに繋がり兼ねない」と考え、直に買付証明を持参して相手の業者を見定めることにします。

そこで車を飛ばし、元付け業者の事務所を訪問してみますが、そこには錆だらけの看板を掲げ、営業しているどうかも怪しい鄙びた不動産屋さんが待ち構えておりました。

『この会社、大丈夫なのか・・・』と心配しながら扉を開けると、まるで志村けんのコントに出て来そうなお爺さんが、私を迎えてくれます。

そこで一通りの挨拶を済ませ、買付証明書を手渡した後に改めて契約に向けての打ち合わせを始めますが、やはり直接会って話しても意志の疎通がスムーズにはいきません。(かなり耳が遠いご様子)

そして見る限り、他の従業員が在籍している形跡はありませんから、今後の業務を担当されるのはこの社長様自身となるはずです。

以前の記事でも書きましたが、不動産取引において「客付け業者(買主側の業者)」と「元付け業者(売主側の業者)」の2社が入る場合(共同仲介を行う場合)には、『元付け業者』が物件の調査や重要事項説明・売買契約書の作成などを行うのが通常です。

つまり今回の取引では、その大役をこの志村けん爺さんがやることになりますから、これは相当にヤバい事態と言えるでしょう。

『これは絶対にトラブルになる!』、そう直感した私は調査や書類作成を「全て自分がやる」と申し出ます。

すると爺さんは「それはありがたいねぇ・・・パソコン使えないから・・・」と私に手を合わせる始末。

やはり、私がやるしかありません。

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既存不適格物件とは

そうと決まれば早速、「重要事項の説明に必要な調査」や「売買契約書の作成」等に取り掛からなければなりません。

まずは、マンションを管理している管理会社に連絡し、組合運営や建物に関する説明書(重要事項に係る調査報告書)の作成を依頼します。

次いで現地調査行政調査と、必要な作業をサクサクと進めて行きました。

そして、ようやく手元に全ての資料が揃い、重要事項説明書を作成するべくパソコンに向かいます。

登記簿謄本(登記事項証明書)を見ながら、敷地面積や持分、専有部分の面積などを入力。

続いて、役所で入手した建築概要書(建築確認の概要が記された書類)とも、見比べて行きます。

すると・・・、「あれ?」

建物の敷地に供されて土地の形状や面積を示す「地積測量図」と「建築概要書に示されている土地の形状」に違いがある気がして来ました。

「あれ?あれ?」と他の資料も確認してみますが、建築確認を取得した際の土地の形状と、現在の土地の形が違うばかりか、面積までやや小さくなっています。

古い年代の建物なので『そんなこともあるのか?』とも思いましたが、念のため建ぺい率や容積率を計算してみると、ここで「驚愕の事実」が判明しました。

それはこの分譲マンションが、建築基準法における容積率の制限をオーバーしている既存不適格物件、もしくは違法建築物であるという事実だったのです。

ちなみに既存不適格物件とは、新築当時は適法に建てられた建物ではあるものの、その後の法改正などによって現在の法令からは違反状態となってしまっている物件を指す言葉となります。

※都市計画においては、自治体が目指す街作りの方針によって用途地域等を定めますが、時代の流れに合わせてプランが変更となり、過去に適法だった建物が法令に違反した状態になるケースは少なくありません。

これに対して、違反建築物とは意図的に法令を無視するなどして建てられた建物を指す用語となりますから、既存不適格物件と違反建築物ではその意味にかなりの違いがあるのです。

但し、現段階ではこの分譲マンションがこの2つのどちらに当たるかを判断することはできません。

一方、「容積率の規制をオーバーしている状態」とは、都市計画にて定められた容積率(建築面積に対して定められる床面積の制限)を超過した建物の状態を指す言葉で、これは建築基準法における明らかな違反行為です。

なお、この事実に気が付いた当初は『これも都市計画の変更によるパターンかな?』とも思ったのですが、改めて調査を進めてみたところ今回ケースでは「過去にマンションの敷地の一部を売却してしまった」ことが容積率オーバーの原因となっているようです。

地方自治体による都市計画の変更に伴って既存不適格となっているのならば、これは『致し方のないこと』と言えますが、「土地の一部が売られた」となれば、これは只事ではありません。

『これは一大事だ!』と、元付け業者に連絡を入れてみますが、相手は志村お爺ちゃんですから状況を全く理解してもらえません。

そこでやむなく管理会社に連絡を入れて、管理組合に更に詳しい調査を依頼することにします。

また、売買契約の予定日も間近に迫っていましたので、とりあえずは「延期」することとし、管理会社からの連絡を待つことにしましたが、その結果は「やはり依存不適格建物でした」とのものでした。

なお売買対象が既存不適格物件であるという事実は、物件の価値に大きな影響を及ぼす事項となりますから、売主さんにも直接会わせていただき、今後のことを相談することになりました。

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決着、そしてまとめ

志村おじいちゃんの事務所に仲介業者である私と、売主さん・買主さんが集まり、これまでの経緯と今後の対策を話合います。

そして導き出された結論は、2200万円の売買価格を1900万円に減額し、取引を続行するというものでした。

今回、この物件が既存不適格となってしまったのは「ある事情で土地の面積が減少してしまった」ことに起因しており、将来建て替えを行う際には『現在の敷地面積で許可される建物しか建てることができず、マンションの規模が縮小されるのは不可避』となります。

そうとなれば、今回の取引き対象のお部屋も建替え後は専有面積が減少する可能性がありますから、これは資産価値にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。

こうしたリスクが存在するのであれば、売買代金を300万円減額するという処置は妥当な判断と言えるでしょうから、売主・買主共にこの価格にて売買を続行することで合意したという訳です。

※厳密に言えば、行政から改築等の命令が出る可能性や、銀行からの融資が受けられない場合もありますが、今回は投資目的の物件購入ということもあり、買主様もこうしたリスクを覚悟した上で売買の続行を希望されました。

※都市計画等の変更によって違法状態となっている建物については、上記のようなペナルティーが課されることはありません。

なお、買主さんとしてみれば、この減額によって利回りが大幅にアップすることになりますし、売主さん的にも問題が明らかになった以上、多少減額されても物件を始末しておきたかったようですから、双方の利害が一致したとも言えるでしょう。

ちなみにその後、土地の形状と大きさが変わった原因が明らかになったのですが、どうやら30年程前の総会においてマンションの修繕費を捻出するために、敷地の切り売りを行ったことが今回の問題の原因であるようです。

その当時は、管理組合が自力で管理を行う「自主管理」だったため、不動産の知識もない者たちが切り売りを行い、後から管理を任された管理会社もこの事実に気付くことができなかったのでしょう。

また、土地の売却以降もお部屋の売買は何度もあったようですが、どの不動産業者も既存不適格になっている事実に気付かず、取引を終えてしまっていたようです。

『それにしても、ギリギリの所で気が付いて本当に良かった・・・』、無事に取引を終えて心底胸を撫で下ろす管理人なのでした。

以上が私の既存不適格マンションの仲介の顛末となります。

ちなみに、今回のように建築当時は適法な建物であったが、その後の土地売買にて違法となった物件は「既存不適格ではなく、違法建築物である」との考え方もあるでしょうが、現在もこのマンションにお住いの方々のお気持ちを考慮し、本記事では敢えて『既存不適格』と表現させていただきました。

容積率オーバーというトラップに運良く気付けたことを神様に感謝しながら、この体験記を閉じさせていただきたいと思います!