アパートや賃貸マンションを所有していると、建物の老朽化や建替え、土地の有効活用などを理由に、入居者へ退去をお願いしなければならない場面があります。
しかし、通常の建物賃貸借契約では、貸主が「建物を壊したいから」「土地を売りたいから」と考えただけで、自由に入居者を退去させられるわけではありません。
私自身、過去に築50年ほどの木造アパートを購入し、残っていた2世帯の入居者と立ち退きについて話し合った経験があります。
今回はその実体験をもとに、アパートの立ち退き交渉の基本的な考え方や立退料、実際の交渉の流れについて解説していきます。
- 貸主都合の退去には「正当事由」が問題になる
- 立退料だけで退去させられるわけではない
- 立ち退きは金額だけでなく転居先の確保も重要
- 管理会社が関与する場合は非弁行為にも注意が必要
- 実際の現場では入居者との信頼関係が非常に重要

アパートの立ち退き交渉とは
まず押さえておきたいのが、貸主の都合だけで普通借家契約を簡単に終了させることはできないという点です。
借地借家法では、貸主による更新拒絶や解約申入れについて「正当事由」が必要とされています。
正当事由を判断する際には、主に次のような事情が考慮されます。
- 貸主が建物を使用する必要性
- 借主が建物を使用する必要性
- これまでの賃貸借契約の経緯
- 建物の利用状況
- 建物の老朽化など現在の状態
- 貸主が提示する立退料などの金銭的条件
つまり、「建物が古い」「建替えたい」「立退料を払う」だけで自動的に正当事由が成立するわけではありません。
家賃滞納や重大な契約違反を理由とする契約解除と、貸主都合による立ち退きは別の問題です。この記事では主に「貸主側の事情による立ち退き」について解説しています。
立退料はいくら必要なのか
立ち退き交渉で最も気になるのが「立退料はいくら払えばよいのか」という点でしょう。
しかし、法律上、
「家賃○か月分を払えばよい」
といった一律の基準はありません。
実際の交渉では、次のような費用を参考に条件を考えることが多くなります。
- 新居を借りるための敷金・礼金
- 仲介手数料
- 保証会社の初回保証料
- 火災保険料
- 引っ越し費用
- 現在より家賃が上昇する場合の負担
- 移転によって生じるその他の負担
そして、これらの実費に加えて一定の金銭を提示し、借主との話し合いによって合意点を探していくことになります。
ただし、立退料は正当事由を補完する事情の一つに過ぎません。
金額を提示すれば必ず退去してもらえる、というものではない点には注意が必要です。
立ち退き交渉の基本的な流れ
実務では、おおむね次のような流れで進めることになります。
- 立ち退きが必要な理由を整理する
- 建物の状況や契約内容を確認する
- 借主へ事情を説明する
- 希望する退去時期を伝える
- 転居先や立退料などの条件を話し合う
- 合意内容を書面にする
- 転居・明渡しを確認する
重要なのは、最初から「いつまでに出てください」と一方的に結論を押し付けないことです。
長年住んでいる入居者にとっては、その部屋が生活の基盤です。
高齢者の場合には、住み慣れた地域を離れること自体が大きな負担になります。
立ち退き交渉では、金額だけを提示するよりも「次に住む場所をどうするか」まで一緒に考えた方が、話が前に進むケースが少なくありません。
管理会社は立ち退き交渉をしてもよいのか
ここは非常に注意が必要な部分です。
管理会社が物件の状況を説明したり、貸主からの通知を届けたり、転居先探しを手伝ったりすることまで、直ちに問題になるわけではありません。
一方で、紛争性のある案件について、報酬を得る目的で貸主の代理人として条件交渉や和解交渉を行う場合には、弁護士法との関係が問題になる可能性があります。
特に、借主が退去を明確に拒否しているケースや、立退料について対立が生じているケースでは、早い段階で弁護士などの専門家に相談する方が安全でしょう。
なお、一定範囲の民事紛争については、法務大臣の認定を受けた司法書士が代理できる場合もあります。
管理会社が「大家さんから任されているから」という理由だけで、法律上の代理交渉まで自由に行えるわけではありません。単なる連絡業務なのか、法律紛争の代理交渉なのかを区別して考える必要があります。
実録|築50年アパートの立ち退き交渉
ここからは、私が実際に経験した立ち退き案件についてお話ししていきます。
築50年・10戸中8戸が空室の木造アパート
当時、私は不動産会社の売買部門に勤務していました。
ある日、付き合いのある仲介業者から、
「古いアパートが建っている土地を買わないか」
という話が持ち込まれました。
建物は築50年ほどの木造アパート。
全10戸のうち、既に8戸が空室となっていました。
当初は「リフォームして収益物件にできないか」と考えたのですが、室内を確認してその考えはすぐに消えました。
雨漏りがあり、床にも傷みが出ており、かなり大掛かりな修繕が必要な状態だったからです。
そこで会社としては、アパートを解体して建売住宅用地として利用する方向で検討を始めました。
しかし、大きな問題があります。
まだ2世帯の入居者が住んでいたのです。
一度は購入を見送った
入居者が残っている状態では、土地を購入してもすぐに建物を解体することはできません。
立ち退きが長期化すれば、事業資金の金利や販売スケジュールにも影響が出ます。
そのため当初は購入を見送ることになりました。
ところが数か月後、売主から大幅な価格変更の話があり、再び購入を検討することになります。
最終的には、立ち退きに一定の時間が掛かることを覚悟した上で会社が物件を購入しました。
残っていたのは高齢の単身入居者2世帯
アパートに残っていたのは、いずれも長期間生活していた高齢の単身入居者でした。
まず旧所有者と連名で所有者が変更したことを伝え、建物の老朽化や今後の方針について説明する文書を届けました。
その後、直接挨拶に伺いましたが、最初の反応は厳しいものでした。
2世帯ともほとんど話を聞いてくれません。
考えてみれば当然です。
突然知らない不動産会社がやって来て、住んでいる家が取り壊される可能性を伝えられれば、不安になって当然でしょう。
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最初の1世帯は転居先探しが最大の問題だった
そこで私は、すぐに退去の条件を押し付けるのではなく、まず物件の管理を行いながら少しずつ入居者と話ができる関係を作っていくことにしました。
共用部分を掃除したり、顔を合わせた時に挨拶したりしながら、しばらく時間を掛けて関係を作っていきました。
すると、ある時、一人の入居者から、
「話だけなら聞いてもいい」
と言ってもらえるようになりました。
そこで初めて具体的な条件について話し合うことになります。
新居を借りる際の初期費用、引っ越し代、それに一定の金銭を加えた条件を提示したところ、金額面については大きな問題にはなりませんでした。
ところが別の問題が出てきます。
高齢の単身者が入居できる物件がなかなか見つからないのです。
いくら立退料を用意しても、次に住む部屋が見つからなければ退去はできません。
最終的には社内や取引先のネットワークも利用し、受け入れてくれる物件を見つけることができました。
この時、立ち退き交渉は「お金だけの問題ではない」と強く感じました。
もう1世帯との交渉はさらに難航
残る一人の入居者との話し合いは、さらに難航しました。
長年安い家賃で暮らしていたため、転居すれば家賃が大きく上がってしまう可能性があったからです。
話を聞いてみると、収入にも余裕がなく、新しい部屋を借りてもその後の生活が成り立つのかという不安を抱えていました。
そこで私たちは単純に、
「立退料を払うから退去してください」
という話を進めるのではなく、今後の生活そのものについて一緒に考えることにしました。
転居先探しだけでなく、本人の希望を確認しながら行政窓口にも相談し、利用できる制度について案内を受けました。
その結果、新しい住まいも確保することができ、最終的には本人の了承を得て退去していただくことができました。
現在振り返って思うこと
この立ち退き案件を経験したのはかなり前のことです。
今振り返ると、当時の私は「何とか期限内に退去してもらわなければならない」という気持ちが強く、現在ならもっと慎重に進めるべきだったと思う部分もあります。
例えば、頻繁に訪問したり、個人的な付き合いを深めたりする方法は、相手との関係性によっては心理的な負担を与えてしまう可能性があります。
立ち退き交渉では、借主が自由な意思で判断できる環境を確保することが重要です。
また、借主が明確に退去を拒否している状態で条件交渉が紛争化した場合には、不動産会社だけで解決しようとせず、弁護士などの専門家へ相談するべきでしょう。
立ち退きで重要なのは「どうすれば出てもらえるか」を考えることではなく、「退去した後もその人の生活が成り立つ条件をどう作るか」を考えることだと思っています。
立ち退き交渉で私が重要だと思う5つのポイント
今回の経験を踏まえると、立ち退き交渉では次の点が非常に重要です。
- なぜ退去が必要なのかを丁寧に説明する
- 十分な検討期間を設ける
- 立退料だけでなく転居費用まで考える
- 必要に応じて転居先探しを支援する
- 紛争になりそうなら早めに専門家へ相談する
特に高齢者や長期間同じ場所に住んでいる人の場合には、転居そのものが大きな負担になります。
単に立退料の金額を上げるよりも、転居先を確保したり、引っ越しをサポートしたりする方が、話が前に進むことも珍しくありません。
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まとめ|立ち退き交渉は「退去させる仕事」ではない
アパートの立ち退き交渉では、貸主にも建替えや土地活用といった事情があります。
しかし、借主にとって賃貸物件は単なる不動産ではなく、毎日の生活を送っている「住まい」です。
そのため、貸主の事情だけを押し通そうとしても、話し合いはなかなか前に進みません。
今回ご紹介した案件でも、最終的に重要だったのは立退料の金額だけではありませんでした。
次に住む場所を探すこと。
転居後の生活まで一緒に考えること。
こうした対応があったからこそ、最終的に双方が納得できる形でアパートを明け渡していただくことができたのだと思います。
立ち退き交渉は、決して「入居者を追い出す作業」ではありません。
貸主と借主それぞれの事情を整理し、現実的な着地点を探していく仕事です。
そして話し合いだけでは解決が難しい案件については、無理に不動産会社だけで進めるのではなく、弁護士などの専門家の力を借りることも重要でしょう。
現場を知るから、本当に役立つ。
今回の体験が、立ち退き問題に直面している大家さんや不動産関係者の参考になれば幸いです。







