不動産取引において時折目にするのが「差押えを受けた物件」となります。

言葉の響きからして不気味なものを感じる、この「差押え」ですが『賃貸物件を借りる際には特に注意が必要』と言われているのをご存じでしたでしょうか。

そこで本日は「賃貸差し押さえ物件の契約について解説いたします!」と題して、不動産取引に際して是非知っておきたい差押えの基礎知識と、管理人が実際に経験した賃貸物件における差押えトラブルの顛末記をお届けしたいと思います。

賃貸差し押さえ物件

 

差押えについて解説

では、まず最初に「そもそも差押えとは何なのか?」、そして「差押えと不動産の関係」などについてお話ししていきます。

差押えとは

「お金の貸し借り」が行われれば、「債務者からの返済が滞る」という状況は往々にして発生するものです。

そして我が国の法律においてはこのような状況となった際に、一定の手続きを踏むことで「債権者(お金を貸した者)が債務者(お金を借りた者)の財産を凍結することが可能となっており、この手続きのことを「差押え」と呼んでいます。

つまり、「差押え」とは

裁判所の命令等によって、債権者が債務者の財産(預金や不動産等)について処分(売却等)禁止の措置を執ること

を意味するのです。

なお、差押えが行われるケースとしては「住宅ローン等の借入れの返済が滞った場合」や「税金の滞納」などのケースが挙げられるます。

※税金の滞納については裁判所の命令を要しません。

また、差押えと似た言葉で「仮差押え」というワードも存在します。

こちらは文字通り、本格的な差押えではないが「一時的に債務者の財産を凍結すること」を目的に行われるものとなり、『裁判で判決は出ていないが、仮に財産を差押えておきたい』というシチュエーションで用いられる手続きとなります。

差押えと不動産

前項の解説において「差押えが如何なるものであるか」はおおよそご理解いただけたことと思いますので、ここから『差押えと不動産の関係』についてお話ししていきましょう。

住宅ローンなどで不動産を担保にして借入が行われる場合、貸出しを行う金融機関は土地や建物に「抵当権」という権利を設定(登記)するのが通常です。

そして、借入の返済が滞った場合には裁判所に申し立てを行って、物件を差押えた上で競売と呼ばれる公的なオークションに掛けて、その収益が債権者に分配されることになります。

不動産売買と差押え

不動産の売買を行う際には必ず物件の調査が行われることになりますが、取引対象に「抵当権」や「差押え」といった権利が登記されている場合には、

物件の引渡しまでに、これらの登記を抹消するのが原則

となります。

実は「差押え」などの権利が登記されていても、所有権の移転を行うこと自体は不可能ではありません。

但し、「差押え」等の効力は新所有者にも及ぶことになり、結果的に大きな損害を招くことになりますので、不動産売買においては差押えなどの権利を抹消した後に所有権の移転を行うことになっているのです。

不動産賃貸と差押え

さて、不動産賃貸においては売買以上に「抵当権」や「差押え」について注意を払わなければなりません。

アパートや賃貸マンションについては、その建築資金や購入資金を借り入れるために土地や建物に抵当権が設定されているケースが少なくありませんが、抵当権設定後にお部屋を借りた者(賃貸借契約を締結した者)

物件が競売に掛けられた場合、競落人への対抗力が無いため6ヶ月の猶予期間の内に退去しなければならず、競落人からの敷金の返還も受けることができない

というのがルールです。

※抵当権設定前に賃貸借契約を締結した者は契約更新時期までは入居を続けられます。

よって、賃貸物件の契約に際しては「物件に抵当権が設定されているか否か」と「物件が競落された場合に何が起こるか」の説明を必ず行わねばならないのです。

ちなみに、既に借入金の返済が滞っており物件に「差押え」の登記がなされている場合には、『何時競売に掛かってもおかしくない状態』ということになりますから、基本的には賃借人への貸出しは控えるべきでしょう。

※判例によれば、「差押え」の登記が完了後にお部屋を借りた者にも、退去まで6ヶ月の猶予が与えられるとされています。

また物件が差押えられた場合には、

お部屋を借りている入居者の賃料についても、差押えが行われる

こともあります。

このケースにおいては、借主に裁判所から「大家さんへ賃料を振り込まず、裁判所が指定する口座に賃料を振り込むように」という通知が届きますので、その指示に従う他はありません。

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差押え物件の賃貸取引顛末記

ではここからは、管理人が実際に経験した差押え物件の賃貸仲介の模様を体験記としてお届けしたいと思います。

取引はこうして始まった

現在勤める不動産会社に籍を置いて3年目、私が賃貸部門でもそれなりのポジションに就いた頃、この事件は発生しました。

ただ、「それなりのポジション」とは言っても相変わらず給料は歩合制でしたし、名刺にちょっとした役職が書き加えられた程度のことですから、相変わらず来店されたお客様を物件にお連れしたり、管理物件の巡回を行うといったこれまで通りの業務をこなす毎日です。

そんなある日、社会人になって5年目というOLさんの「お部屋探しの依頼」を受けることになります。

ちょうど夏の時期であり入居者募集中の物件も少なかっため、なかなか成約に至らずにおりましたが、何回目かのご案内にて遂にお申し込みを頂くことに成功しました。

そして物件のスペックはといえば、1LDK(約35㎡)のマンションタイプ、築後15年という代物であり、お部屋のクオリティーも「それなり」といった物件となります。

早速、現地から賃貸管理会社に電話を入れて「お申し込みをしたい旨」を伝えると共に、申込書の書式を私の事務所にファックスで送っていただけるよう依頼を行いました。

なお、本来であれば急いで事務所に戻るところなのですが、この時はお客様の希望により、帰り際にマンション全体を見て回った上で帰路に着くことにします。

しかしこの見回りの際、私は少々気になる光景を目にしていました。

それは最上階にあるお部屋の前で、インターフォンを鳴らし続けるガラの悪そうな男達の姿でした。(ちなみに、お申込みをするお部屋とは別のフロアーです)

ちなみに、彼らが集っている部屋の表札には「●●」という名前が掛かれており、この物件の名前も「ハイツ●●」でしたので、『もしやオーナーさんの部屋かも?』とは思ったのですが、所詮私は客付け業者の立場ですから「空室にお申込みを入れるまでがお仕事」であり、正直オーナーの事情など無関係な身分です。

そこで彼らを刺激しないように横を静かに通り過ぎて、物件全体をグルリと見終れば、後はお客様に「申込書を書いていただくだけ」となります。

また幸いなことに、このOLさんは大手企業にお勤めの方でしたので入居審査もスムーズに通過し、契約日の設定も完了させることができました。

そして通常であれば、ここで「客付け業者としての仕事は終了」となるはずなのですが、実はこのお客様、私の報酬となる仲介手数料のお支払いが未だに済んでいなかったのです。

多くの不動産会社がそうなのでしょうが、毎月の営業成績には締日が設定されており、「締日までに入金された仲介手数料が成績として計上され、翌月の給料に反映される」といったルールが存在しています。

そして、丁度この時は締日の直前だったので、慌ててお客様に連絡を取り「仲介手数料の早期支払いのお願い」をしようとしたのですが、何とこのお客様、直接私の会社にお振込み頂くようお願いした仲介手数料を、他の契約金(敷金や前家賃など)と共に管理会社へと持参しようとしていたのです。

もちろん「誤ってお客様が管理会社に手数料を持って行った」からといって、私がお金をもわえない訳ではありません(後で管理会社から手数料分をもらえば済む)が、問題は『時間』となります。

今回の仲介手数料を営業成績に計上するためには、どうしても今日中にお金を受け取る必要がありますから、「それでは私が管理会社まで車でお連れしますから、その際に手数料を現金で頂けますか?」と提案してみることにしました。

なお、今回の契約の舞台となる管理会社は立地的にも少々不便な場所に所在していましたので、お客様もこの申し出を快諾してくださり、賃貸契約に客付け会社が同行するというレアな取引を行うこととなったのです。

*賃貸の取引においては、契約の場に客付け業者が立ち会うことは滅多にありません。

恐怖の差押え物件

なお、管理会社には「契約に同行すること」について特に連絡も入れていませんでしたから、お客様と共に現れた私(客付け業者)を見て「ギョッ」としておられる様子でしたが、事情を説明した上で契約に立ち会わせていただくこととなりました。

既に何年も不動産屋さんに勤めている私ですが、他社の賃貸借契約に立ち会う経験はありませんでしたので、『これは良い勉強になる・・・』とじっくり説明に耳を傾けます。

そんな中、資料として提示された物件の登記簿謄本(登記事項証明書)に何気なく目をやると、そこに記された「ある問題点」に気付かされます。

それは登記簿謄本の甲区欄(所有権に関する事項が記された欄)に記された「差押え」という文字でした。

賃貸の契約を経験された方の中には、ご存じの方もおられるかもしれませんが賃貸借契約締結前から「登記簿謄本の乙区欄に抵当権の設定」が行われている物件には『ある種の説明』が必要となります。

そもそも乙区欄に記載される抵当権とは、物件のオーナーが銀行などに借り入れを行い、対象物件を借入の担保として提供している場合に設定される権利のことです。

もちろんローンを組まずに物件を購入できる大家さんは数少ないので、抵当権が付けられていること自体は珍しくもないのですが、

万が一ローンの返済が滞った場合には、この抵当権に基づき甲区欄へ「差押え」の権利が設定され、最終的には不動産の競売に掛けられることとなります。

そして競売で第三者が物件を競落した場合には、抵当権設定後に賃貸借契約を締結した入居者は競落人に対抗することができず、6ヶ月の猶予期間をもって物件からの退去を余儀なくされますから、抵当権が設定された物件においては「その旨を説明するのがルール」です。(ちなみに、預け入れた敷金も競落人から返還されません)

ましてや、この物件については既に「差押え」が登記されているのですから、何時この退去命令が下されるか判らない状態となりますので、これは契約に際して絶対に説明しておくべき事項となるでしょう。

そこで慌てて重要事項説明書の内容を確認してみますが、差押えに関しては一切説明がありません。

ちなみに、今回の管理会社さんとはこれまで取引をしたことも、面識もありませんし、担当者はかなりのベテラン風の方です。

よって、ここで私のような若造が「差押えの件は大丈夫ですか?」などと口を挟むのは、なかなかにハードルの高い行為ですので『大丈夫、きっと最後に説明があるはず・・・』と信じて待ち続けますがもはや契約は終了直前という状況です。

また、客付け会社の立場とはいえ、私も重要事項の説明書に仲介の印を押していますから、トラブルが発生すれば管理会社との共同責任となることは避けられません。

そこで止む得ず、担当者の言葉を遮り「差押え」の件にツッコみを入れてみます。

『何をバカな・・・』という表情を浮かべる管理会社の担当者ですが、謄本を見て明らかに顔色が変わるのが判りました。

ところがこの担当者、「まぁ、大した問題じゃないですから・・・」と話をまとめに掛かります。

『なんだそれ!(心の呟き)』、もしこのまま契約が完了して入居後に競売が行われれば、入居者とトラブルになるのは必至ですから、これを有耶無耶にして良い訳がありません。

遂に黙っていられなくなった私は、入居者に「差押え」が登記されていることと、それにより起こり得る問題をその場で全て暴露してしまいました。

その後は正に地獄絵図といった状態となり、管理会社の担当とは言い合いになってしまいますし、お客様は泣き出す始末です。

ただ、「そんな条件では契約したくない」というのがお客様のご意志でしたので、一応は管理会社にお詫びをした上、契約をすることなく帰路に着くことになりました。

結局、そのお客様とはその日限りになりましたし、私は管理会社から「出入り禁止処分」を受けてしまうのでした。

こうように今回の取引は非常に残念な結末となってしまいましたが、『間違ったことはしていない、これで良かったのだ』と今でも自信を持っています。

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差押え物件、始末記

その後、風の噂で聞いたのですが、やはり例の物件のオーナーはギャンブルが原因で多くの負債を抱えていたとのことであり、おそらく案内の際に見掛けた「ガラの悪い連中」は金融屋の取り立ての者たちであったのでしょう。

そして案の定、物件は程なく競売に掛けられたと聞いていますが、結果的に入居者が強制的に退去させられることは無かったようです。(競落人に退去させる意思がなければ、それまでのお話ですので)

それでも「告知するべきことを告知しない」というのは、『不動産業者としても、人としても間違った行いである』と思いますので、後悔はしていません。

もちろん、多くの管理会社が真面目に業務を行っていますから、こうしたタチの悪い会社は極一部なのですが、やはり気を付けたいところです。

今では少々経費は掛かるものの、客付けの立場でも「必ず物件の謄本調査」は行うようにしています。

客付け業者の立場ですと、ついつい管理会社に任せっきりになってしまう賃貸借契約や重要事項の説明ですが、こうした落とし穴には是非ご注意いただきたいところです。

ではこれにて、「賃貸差し押さえ物件の契約について解説いたします!」の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います。