アパート立ち退き交渉

 

不動産屋さんの業務といえば、売買や賃貸の仲介に、物件の買取や転売などが主なものとなります。

もちろんこれはこれで「間違いのないこと」ではあるですが、実際に仕事をしていると、先に述べた以外にも様々な業務が降り懸かって来るものです。

そして数ある仕事の中でも、可能であれば「避けて通りたい」のが賃貸アパートなどから入居者を退去させる「立ち退き」という業務となるでしょう。

基本的には、私もなるべく立ち退き業務は避けるようにしているのですが、時にはどうしても回避できないこともあるものです。

そこで本日は、以前に体験したアパート立ち退き交渉の模様をレポートしてみたいと思います。

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立退き業務はこうして始まった

売買部門に配属されて既に8年が経過し、部署内でもそこそこの古株となってきた頃、今回の立ち退き案件が私に降り掛かって来ました。

全ての始まりは、『建売用地として買わないか』と持ち掛けられた「築50年の木造アパート付き売地」の案件に係ってしまったことに端を発してます。

このアパート、既に建物はボロボロであり10世帯あるお部屋の内、8世帯は人が住んでいない状態となっていました。

お話の出所は、私のお付き合いのある仲介業者さんであり、「投資物件若しくは建売用地として購入して(買い取りをして)欲しい」というのです。

当初は私も、『改築して、収益物件として買い取ることができないものか』と考えていたのですが、空いている部屋を見せてもらったところ、その考えは一瞬にして消し飛んでしまいます。

お部屋の内部は既に廃屋テイスト満点であり、天井は雨漏りだらけ、床は腐っているという惨憺たる有り様だったのです。

『流石にこれは無理だ』と思い、「建売用地としての検討」に切り替えることにします。

但し、この物件を建売りにするには「残る2世帯の入居者をどうすか?」という大きな問題をクリアーしなければなりません。

もしもこれが競売物件などであれば、たとえ賃貸借契約を結んでいる相手でも、6ヶ月の猶予期間を持って退去させられるルールとなっているのですが、一般の売買ではこうした手段を用いることはできません。

また通常の方法で退去を迫るにしても、賃貸借契約を大家の側から解除するには「正当事由」が必要とされていますから、そう簡単に追い出しを行うことはできないのです。

なお、この正当事由の中には、当然ながら『建物の老朽化による解除』というのも認められてはいるのですが、入居者から反発を受けてのは必定でしょうし、訴訟などに発展した場合にはかなりの時間を要することになる上、必ず勝訴できるとは限りませんので、これも得策とは言えません。

更に、建売事業を行うとなれば金融機関から事業資金の借入れをしなければなりませんが、銀行が提示する融資の返済期限は通常1年以内となりますので、時間を掛けて法廷で争っている暇などありはしないのです。

こうした事情から、立退きが必要なアパート等が付いている物件は、建売用地としての魅力に乏しく、買い手が付かないことも珍しくありません。

ちなみにこの情報を持って来てくれた不動産屋さんは、私の会社以外にも何社かに紹介を行っていたようなのですが、どこの会社も同様の判断であったらしく、この物件は買い手が現れないまま、一端フェイドアウトして行く結果になりました。

しかしながら「たとえ二束三文であっても現金化したい」との売主さんの強い希望により、数か月後に「大幅に価格をダウンさせるので、再度検討して欲しい」とのお話が舞い込んで来ます。

『確かに値引き後の価格は非常にお安いし、2世帯くらいの立退きなら不可能ではないかもしれないな・・・』、そのようなことを考えていると不意に背後に人の気配を感じました。

慌てて振り返ると、そこには「金になることなら何でもやれ」が口癖の我が社の代表が笑顔で立っており、お話は物件購入へと急展開して行くこととなったのです。

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いきなりの苦戦

そして、取引はトントン拍子に進み、1ヶ月後には我が社が当該アパートの所有者となっていました。

なお、「立ち退きが完了しなければ建売の事業に取り掛かれない」という事情がありますので、銀行と交渉して「事業資金の借入れ期間は一年と6ヶ月」という長期設定にすることにも成功しています。

但し、着工から販売完了までは、やはり1年は欲しいところですから、立退きに掛けられる期間は最長でも6ヶ月程となるでしょう。

こうして時間制限付きの「立ち退きミッション」がスタートすることになったのです。

そこでまずは旧所有者と連名で、「我が社が物件のオーナーとなったこと」、そして「老朽化のために建物を取り壊さざるを得ない状況にある旨」を手紙にて入居者たちに伝達することにしました。

そして、この通知を受け取った住人はおそらく不安な気持ち(退去させられるのではないかという)に陥っているはずですから、ここで間を開けずにご挨拶に伺います。

ちなみに現在アパートに残っている2世帯は、70代前半のお婆ちゃんの一人暮らしと、60代後半の独居おじさんという取り合わせです。

老朽化という止むを得ない事情があるにしろ、揉め事に発展して良いことはありませんので、菓子折を手に一軒一軒チャイムを鳴らしていきます。

しかしながら結果は、2世帯とも「門前払い」であり、菓子折させも受け取ってもらえない状況でした。

それでも融資の返済期限に「待った」はありませんので、根気よく何度もお話し合いをするべく通い詰めるしかありません。

なお、これまでの経験上、立退きを成功させるポイントとなってくるのは、只々粘り強く口説き続けることではなく、人間関係を築きながら交渉を進めていく点にあるように思えます。

こちらの「出て行って欲しい」という希望に対して、相手は明確に「ノー!」と答えている訳ですから、このやり取りを何度繰り返しても関係は悪化するばかりでしょう。

ならば相手に上手く取り入って、「断り辛い環境を作ってしまおう」という訳です。

こうした方針の下、今回実行することにした作戦は「毎朝、毎夕、物件の外回りを掃除をしに行く」というものでした。

これなら、かなりの確率で入居者と顔を合わせることができますし、あまり「無理やり感」も相手に伝わらないはずです。

そしてこれ以降、晴れの日も雨の日も『掃除の毎日』が始まります。

やがて1ヶ月もすれば、狙い通り入居者とも顔見知りになり、立ち話をする関係が構築されて行きました。

ちなみに顔を合わせた折には、敢えて『立ち退きに関するお話』はせずに、「社長に言われ、朝晩掃除させられている」「本当は立ち退きの話などしたくない」といった台詞を会話に織り交ぜて行きます。

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一世帯解決!そしてまとめ

そんな日々が2ヶ月も続いたある日、入居者の一方、70代前半のお婆ちゃんが声を掛けて来ます。

「あんたにあまり世話を掛けるのも申し訳ないから、話だけは聞いて上げるよ」とのことです。

そこで早速、立ち退き条件について具体的な話し合いが持たれることになります。

なお、ここで「提示する立ち退き条件がシビアなもの」であるとなかなかお話を前に進めるのは厳しいのですが、今回は社長からそれなりの決裁権を貰っていますので、条件を詰めていく作業もかなり楽チンです。

とりあえずは新しい部屋を借りる賃料・敷金・礼金・仲介手数料などの一式に、引っ越し代+迷惑料10万円くらいから、相談を始めます。

ちなみに、『私の提示額』はおばあさんが想定していた立ち退き料よりも高額だった様子であり、「迷惑料にもう一声付けてくれればOK」との嬉しいお返事が頂けました。

そうと決まれば後は引っ越し先を見付けるだけとなりますが、70代の単身入居者を受け入れてくれる大家さんは少なく、物件探しの日々が続きます。

但し、まともにレインズなどで転居先を探しても、なかなか受け入れては貰えないでしょうから、他の社員などのツテもフル活用することで、どうにか2つの候補物件を発見することができました。

そして、祈るような気持ちでおばあさんを案内し、見事にお申し込みを頂くことができました。

これにて、1部屋は退去を完了させることに成功しましたので、以降は、残すもう1部屋のおじさんの説得に全力を傾けて行くことになります。

さてさて、お話も少々長くなって来ましたで、この続きは次回「不動産の立ち退き交渉の流れをご紹介!(合意退去・後編)」にて記させていただくつもりです。

「立ち退き」というと非常にネガティブな作業に思えてきますが、ここでも大切なのは「お客様との繋がり」であり、『この商売はやはり人間関係が命なのだな』ということを改めて思い知らされる案件でした。

では、また次回の記事でお会いしましょう。