不動産投資を行っている方や、先祖から多く土地を受け継いで来られた地主さんにとって、賃料収入は日々の生活の糧を得るのに欠かすことのできない収入源となります。

なお、世間一般的には「賃料収入で生計を立てている」などといったお話を聞くと『実に羨ましい・・・』と思われてしまうものですが、

実際に不動産をお持ちに方々にしてみれば、「収益物件の購入資金や建築費のローン返済」や「建物の維持管理費の支払い」に追われながら生活している訳ですから、決して気楽な毎日を過ごしている訳ではないのです。

また、こうした不動産賃貸業を営んでいると、時折直面することになるのが店舗や事務所などの「事業用の賃貸借に係るトラブル」となります。

そして、このようなお話をすると「事業用でも居住用でも、それ程の違いは無いのでは?」というお声も聞えて来そうですが、実は事業用契約では『居住用では考えられない様々な問題が発生し得る』ものなのです。

そこで本日は「事業用物件賃貸に関する法律知識をお届け!」と題して、多くの投資家さんや地主さんの頭を悩ます事業用物件の問題を大研究してみたいと思います。

事業用物件賃貸

 

事業用賃貸は何故恐れられるのか

以前に書いた「賃貸事業用契約書の書き方と特約について」という記事の中でもお話しいたしましたが、事業用物件の契約には様々なリスクが存在しています。

もちろん居住用の賃貸借でも、入居者の生活の拠点となる「家」を貸す訳ですから、オーナー様には「それなりの責任と義務」が生じるものですが、

これが事業用となれば、そこで商売を始めることになりますから建物の不具合で営業ができない場合や、物件の瑕疵(雨漏りなど)により商品が損害を受けてしまったケースでは、居住用物件以上に重い責任が大家さんに圧し掛かって来ることになるのです。

実際に管理人もこうしたトラブルは何度か経験したことがあり、中には雨漏りによって商品が濡れてしまった借主から損害賠償として「数百万円の支払い」を求められた物件オーナー様もいらっしゃいました。

こうした事情から、大家さんの中には「事業用としては絶対に物件を貸し出さない!」というポリシーを持ちの方もおられますが、あまりに空室が増えてしまった場合には、こうした信念を曲げてでもテナントを受け入れざるを得ない場合もあるでしょう。

そして、このようなお悩みを抱えるオーナー様に、私が常々申し上げているのは「賃貸に関する法知識に精通していれば、事業用賃貸も決して怖いものではありませんよ」という台詞となります。

なお、これは事業用物件の賃貸に限ったことではありませんが、人が恐怖を感じる最大の要因は「知らないこと」「未知なるものに接すること」によるものが大半ですから、積極的に知識を吸収することで恐怖心を克服することができるはずです。

但し、「法律系の書籍やサイトの情報は専門用語ばかりで読む気がしない」という方も多いでしょうから、以下ではわかりやすさに重点をおいて事業用物件賃貸の法律知識を解説してまいります。

 

事業用物件の賃貸に借地借家法は適用されるか

物件を事業用として貸し出す際に、まず大きな問題となるが「借地借家法に関する事項」です。

ご存じの方も多いとは思いますが、我が国で建物を賃貸する場合にその借主は借地借家法という法律によって「手厚い保護」を受けることになります。

そして、この法律は「国民の住宅確保を円滑に行うこと」を最重要視していますから、大家さんによる「賃料の値上げ」や「契約更新の拒否」、「立退き要求」などを厳しく制限する内容となっているのです。

ただ、こうした借地借家法の成り立ちを考えると「住宅確保のための法律なら、事業用の賃貸借契約には適用されないのではないか?」という疑問が湧いてきますよね。

また、もし仮に店舗や事務所がこの法律の制限を受けないのであれば、事業用賃貸のハードルもかなり低いものとなるはずなのですが、結論から申し上げれば『事業用でも借地借家法の適用を受ける』というのが原則です。

よって、物件を貸したが「近所から騒音等のクレームが来た」「契約内容に軽微な違反がある」といった程度の事情では、そう簡単に退去をさせることはできないことになります。

但し、居住用の建物賃貸借がほぼ100%借地借家法の適用を受けるのに対して、事業用では貸し方次第で「その適用を否定されるケースがある」のも事実です。

なお具体的な例を挙げるとすれば、駅や映画館の施設内で営業をしている店舗や、デパートの地下などに並ぶお惣菜店等がこれにあたります。

そして判例によれば、借借家法が適用されるには店舗が外観上も内容上も「独立している」ことが要件とされていますから、先に挙げたようなケースでは『独立性は認められない』ことになる訳です。

ちなみに本ブログの過去記事「レンタルスペース賃貸で収益物件の利回りをアップさせよう!」では、大型店舗や事務所をブースに分けて収益を上げる方法をご紹介しましたが、

この記事で解説した方法であれば、借地借家法の適用を逃れられる可能性が高いですから、店舗の入替えや営業補償などに伴うトラブルも回避しやすいでしょう。

一方、細かく判例を見て行くとスーパーマーケットの一画を利用したパン屋さんについて「借地借家法の適用を認めた例」もありますから、確実にこの法律の適用を逃れたいのであれば専門家と詳細な打ち合わせをした上で、賃貸借契約を締結するのがお勧めです。

※上記の判例では、パン屋がスーパーとは別の看板を掲げており、店舗は壁に囲まれていた上、道路に面した別の入り口を持っていたことが、判決の決め手となったとされます。

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事業用物件ならではのトラブル

では、事業用物件が原則借地借家法の適用を受けることを前提とした上で、実際に起こり得るトラブルの実例を見て行きましょう。

居抜き物件

市場に流通する事業用物件でありがちなのが、店舗などを「居抜き」の状態で貸し借りする取引の形態です。

なお、最もトラブルの少ない事業用物件の賃貸は「スケルトンで貸出し、原状回復もスケルトンに戻す契約」なのですが、退去するテナントの経済状態などによっては『居抜きの状態での物件明渡し』を借主に懇願されるケースも多いことでしょう。

また更に問題なのが、「退去する人間が、次の借り手を見付けて来た」というパターンとなります。

このケースでは退去する者と引き継ぐ者との間で、営業権の譲渡などの約束(契約)が存在しているパターンも多いため、後々大家さんとの間で金銭とランブルに発展する可能性が濃厚です。(旧借主から保証金が戻って来ると聞かされていた等)

よって通常の居抜き退去ならともかく、このタイプの「営業権譲渡型居抜き契約」は絶対に避けるべきであるかと思います。

一方、単に資力がないために居抜きでの明渡しを希望する借主に対しては、「店舗内の造作の所有権を完全に放棄する」旨の覚書などを交わして物品を残置させるのが得策でしょう。(またこの際、たとえ少額であっても「もらえるだけの撤去費用」は受け取っておくべきです)

そして次の借り手に対しては、既に存在する造作について「設備ではなく、残置物として扱う」との契約を交わし、「退去時には借主の責任と負担で、造作の撤去を行う」旨も忘れず記しておくべきです。(賃貸物件の設備と残置物についての詳細は別記事「賃貸の残置物と設備の使い分けについて!」を参照ください)

営業内容の変更

一般的な事業用賃貸借契約の雛形には「居酒屋を営業する目的」「美容院を営業する目的」など、物件の使用目的が書かれているものです。

しかしながら契約書の作成者のレベルが低い場合には、この営業目的が記されていない場合があり、こうしたケースではテナントが物件の使用目的を変更した場合でも「大家さんはこれを拒否できない」というのが裁判所の判断となります。

よって契約書の作成を不動産業者任せにしている方は、是非一度、契約内容にチェックを入れておくべきでしょう。

なお、風俗店など公序良俗に反する営業を行おうとする場合には、営業目的に関する特約がなくとも、オーナー様の異議が認められることもあります。

看板や駐車場

店舗や事務所を貸すとなると、付いて回るのが「看板の掲示」や「テナントの営業に伴う駐車場」の問題です。

さて、このようにお話しすると「それの何が問題なの?」というお声も聞えて来そうですが、看板の場合、あまりに派手な電飾看板などを掲示すれば近隣からのクレームとなるでしょうし、同じ建物に他のテナントが入居していれば、「派手な看板が営業妨害に当たる」などといった苦情が入ることもあり得ます。

また駐車場についても来客用などに使用された場合に、荒っぽい駐車方法で他の駐車区画の契約者と揉め事になったり、夜間のアイドリングや空ブカシで近隣住人とトラブルに発展する可能性もあるでしょう。

そして、ここで改めて問題となるのが借地借家法の問題です。

実はこうした「店舗の看板」や「店舗契約に付随した駐車場契約」についても、裁判所は「借地借家法の適用範囲内である」という判決を下しています。

つまり、ここまでお話しして来たようなトラブルが発生したとしても、「簡単には看板の撤去や駐車場を使用禁止とすることはできない」ということになるのです。

よって看板については、契約書に「設置する看板の概要を事前に必ず貸主に報告して許可を得る」という文言を加え、駐車場については店舗の契約とは別契約(駐車場のみの契約書を交わす)とすることでトラブルを回避することはできるでしょう。

保証金償却

そして事業用不動産の賃貸借契約でしばしば目にするのが、保証金の償却に関する事項となります。

なお、一般的な保証金の定めとしては「契約更新時や解約時に保証金を●●%償却する」といった内容が多いでしょうが、この特約についてもあまりに賃借人に不利な内容ですと「無効」との判断を下されてしまうでしょう。

ただ、判例を調べる限りは「3年契約で更新時20%償却」といった一般的な内容であれば『有効』という判決が出ていますから、余程逸脱した特約内容でない限りは問題がなさそうです。

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事業用物件の賃貸まとめ

さてここまで、事業用物件の賃貸契約について解説を加えてまいりました。

「居住用も、事業用も大した差はないのでは?」とお考えだった方も、ここまでの記事をお読みくだされば『事業用ならでは難しさ』をご理解いただけたことと思います。

ただ、事業用物件はそれなりのリスクもあるものの、居住用物件よりも高めの賃料設定が可能なケースが多いことに加え、一度入居すると退去し辛いという特徴もありますから、必要な知識をしっかりと身に付けるた上で是非挑戦していただきたいものです。

ではこれにて、「事業用物件賃貸に関する法律知識をお届け!」の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います。