不動産の営業をしていると、時折ご相談を受けるのが借地権に関するお悩みです。

これまでも、本ブログでは借地権に関する基礎知識や、更新料等の相場についてお話しして来ましたが、案件ごとに様々なケースがありますから、「本ブログの記事を読めば、全ての問題が解決!」とは行きません。

また、借地に関するお悩みの中でも近年特に多いのが「借地権を持っている方(借地権者)が高齢となり、今後の物件の処理に戸惑っている」という内容のものです。

もちろん、借地権は相続することも可能ですが、権利を引き継ぐ側が「借地権は嫌だ!」と言い出すパターンも少なくありません。

そして借地権を処分する場合については、契約書上「更地にして地主に返却する」といった文言が記されていますが、実務上では土地を返却するケースは殆どなく、第三者に建物ごと借地権を売却するか、地主に買取をお願いするのが通常でしょう。

但し、他人に売却する際には地主へ譲渡承諾料を収める必要がある上、満足できる価格で売るのは至難の技ですし、地主に借地権の買取をお願いしても「断られてしまう可能性」が充分にあるのです。

このような事態になってしまえば、借地権者は益々物件の処理に頭を悩ませてしまうこととなりますが、ここで地主が「実は自分も底地(土地の所有権)を売りたいんだよ」なんてお話になれば、事態は一気に「底地・借地の同時売却」という新たな局面に突入することになります。

※不動産業界では底地と借地の同時売買を「底借(そこしゃく)同時売買」と呼ぶこともあります。

そこで今回は、私が実際に経験した底地・借地の同時売却の流れについて体験風にレポートさせていただくことにいたしましょう。

底地・借地の同時売却

 

底借同時売買に至る流れ

私が初めての底地と借地の同時売買を経験したのは、今から数年前の春先のことです。

お花見シーズンも真っ盛りのある日、借地権付きの建物(借地物件)に住んでおられる老夫婦が当社を訪れ、契約更新についてのご相談をされたことが全ての始まりでした。

このご夫婦、私がお付き合いのある地主さんから土地を借りているのですが、既に70歳台後半の年齢になっておられ、お二人で「介護施設への入所」を検討しているとのことです。

そして「借地権の更新は行わず、建物の買取を地主さんにお願いしたい」とのご要望をお持ちでした。

この話を受け、早速地主さんへと連絡を取ってみたのですが、「今、お金ないんだよね・・・」という、なかなかに消極的なお返事を頂いてしまいます。

ちなみに、今回の取引対象のスペックはといえば、東京都下(23区外)の住宅地にある土地面積40坪程の整形地に、築40年の木造二階建て住宅が建てられた物件となります。

駅からそれ程離れた場所ではないので、坪単価100万円程度での売却は望めそうですから、「更地価格で4000万円」というのが交渉のベースとなるでしょう。

また借地権の割合については、路線価上で借地権者60%、底地権者40%とされている地域(商業地では70%、30%という地域も多い)ですから、この物件なら借地権者が2400万円分、底地権者が1600万円分の権利を持っていると考えて差し支えはないはずです。

なお、地主さんもある程度は借地権についての知識はお持ちでしたから、「2400万は高いなぁ、2000万円を切らないと買えないね。」というシビアなコメントの後に「何ならこちらの底地を買って貰いたいくらいなんだよ」なんて本音がポロリと顔を覗かせます。

確かに借地権が設定された物件の場合、たとえ路線価上の権利割合が60%対40%であったとしても、「更地価格を権利割合で案分した通りの金額で取引が成立するケースは少ない」のが実情です。

※所有権の土地であれば、購入希望者はいくらでも居るでしょうが、借地や底地となると「購入希望者を見付けるのが至難の業」となり、結局は更地価格よりも大幅に減額された価格で成約するケースが多い。

そこで2000万円という地主さんの目線を借地権者に伝えたところ、借地権者は「いやいやその値段では受けられないでしょ」とのお返事でした。

ならば反対に「地主さんが持つ底地権を購入して、所有権として第三者に売却してみては?」ともご提案してみたのですが、このアイデアにも『乗り気ではないご様子』です。

そして遂には、「地主さんが高く買ってくれないなら、第三者に対して借地権を単体で売りに出すしかないね」などというフレーズまで飛び出します。

確かに、借地権単体で売却することは可能ですが、借地人は地主さんへ譲渡承諾料を支払わなければならないことに加え、住宅ローンが利用し辛いため、そう簡単には買い手を見付けることができないのが現実です。

※そもそも借地権付き建物には「融資をしない」という金融機関もありますし、借地権は担保評価が低い上、地主からの承諾書を提出してもらわない限り、ローンが利用できない銀行が殆どです。

その上、この物件の建物は築年数が古いため、購入された方は直ぐに「建替え承諾料」を支払わねばなりませんし、契約期間も残りわずかですから、近い将来に「更新料」も負担しなければなりません。

こうした状況を考えると、この借地権付きの建物を2400万円で売るのは到底不可能といえるでしょう。

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そこで私は、地主さんと借地権者さんの双方に対して、底地権と借地権の同時売買(底借同時売買)をご提案してみることにしました。

借底借同時売買とは、『地主と借地権者がそれぞれ保有する底地権と借地権をセットにして、【所有権の物件】として売りに出す』という方法であり、これならば4000万円という成約価格も決して夢ではないはずです。

初めてこの提案を行った際には、やや不安そうなご様子であった両当事者でしたが、取引の詳細を説明していく過程でご理解を頂くことができましたので、早速同時売買の準備を始めて行きます。

さて、ここでまず行うべきなのは「売買代金の按分方法の取り決め」です。

買い手が付いた後に、「どちらの取り分がいくらだ!」なんて争いは避けたいところですから、これは事前にしっかりと決めておくべきでしょう。

そしてお話し合いの結果、教科書通り(路線価通り)の借地権者60%、底地権者40%という配分が決定されました。

 

売買契約から決済まで

こうした紆余曲折を経て、ついに40坪の古家付き売地、販売価格4000万円という物件の販売活動が開始されることとなりました。

但し、土地面積40坪という少々広すぎる敷地に、建物の寿命も残り少ないという物件は購入者もかなり限られますので、まずは『建売屋さんに建売用地として買っていただく方向」で営業活動を行っていきます。

そして程なくして、3700万円なら是非購入したいという建売会社さんが現れました。

確かに満額には届かないものの、300万円くらいの値引き交渉は一般ユーザーでも有り得る金額ですから、地主さん、借地権者さんの双方に購入希望者が現れた旨を伝えますが、

地主さんサイドはこの価格に満足してくれたものの、借地権者からは「NG」とのお返事が返って来ます。

そこで「どうしてもダメですか?」と食い下がってみますが、「この先何年あるかわからない余生を考えると、やはり少しでも高額での購入者を探したい」とのことです。

その後も何軒かの建売屋さんから「購入したい」との申し出がありましたが、どれも3700万円には届かず、仕方なく一般ユーザーへの販売活動へと舵を切ることにします。

しかしながら、当初の予想通り40坪という土地の大きさが災いしてか、なかなか買い手は現れず、時間だけが悪戯に過ぎて行きました。

確かに4000万円で土地を購入しても、解体に100万円以上、建物の新築に2000万円は必要ですから、諸経費を加えれば6500万円以上の買い物になる計算です。

新築30坪の建売が4500万円くらいで売られている地域ですから、やはりこれは価格が高過ぎますよね。

ところがそんな苦戦の最中、最初に3700万円で手を上げた建売屋さんが「3800万まで買い上がる」との打診をして来たのです。

『このチャンスを逃したら後は無い!』と考えた私は、必死で借地人を口説きまくりどうにか3800万円で合意に至ることに成功します。(仲介手数料を半額にするという荒業まで繰り出して説得しました)

こうして迎えた売買契約の場には、買主である建売屋さんに、借地人、地主さんの三者が集まり、「土地売買」と「借地権付き建物売買の契約」を同時に締結。

そして決済においては、土地と建物のそれぞれの所有権を買主さんに移転させ、取引終了となりました。

なお、この決済において借地権の契約も消滅することになりますから、地主さんと借地権者の間で『借地権契約が終了した旨の覚書』を取り交わすこと、そして地代の精算を行うことも忘れないようにしましょう。

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底借同時売買の流れまとめ

以上が、私が経験した底地と借地の同時売却の流れとなります。

ちなみに今回の物件の「その後は」といえば、買取を行った建売屋さんが20坪3階建ての建売2棟を建築し、現在では新たな購入者が生活を始めておられます。

なお、私は土地を卸した業者として「建売の販売」に入らせていただき、手数料をおまけした分はしっかり補填することができしました。

底地と借地という、バラバラな時には非常に価値が下がってしまう物件同士を抱き合わせで販売する『底地・借地同時売買』という手法は、正に三方良しの売却方法であるのではないでしょうか。

但し、本日ご紹介したケースのように「どからか一方の売主が応じてくれない」となれば、絶好の売り時を逃してしまう場合もありますから、その点には大いに注意が必要です。

ではこれにて、底地・借地の同時売却の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います。