不動産の営業をしていると、時折ご相談を受けるのが借地権に関するお悩みとなります。
これまでも、本ブログでは借地権に関する基礎知識や、更新料等の相場についてお話しして来ましたが、借地権について最も問題となるのは、やはり「売却に関する事項」であるようです。
そこで本日は「底地・借地の同時売却について取引事例を挙げながら解説いたします!」と題して、底借同時売買のポイントや注意点、そして管理人が経験した底借同時売買の体験記をお届けしたいと思います!
底地借地の同時売買とは
さて冒頭にて、「底地・借地の同時売却」というワードが登場しましたが、これは文字通り「地主が所有する土地(底地)」と「借地権者が所有する建物(借地権)」を同時に売却することで『所有権の物件として取引を行う手法』となります。
※不動産業界では底地と借地の同時売買を「底借(そこしゃく)同時売買」と呼ぶこともあります。
そもそも借地権とは、借地権者が地主に「建物を建てる目的で土地を借りる権利」を指す言葉ですが、資材置き場などの単なる土地の賃貸借とは異なり、借地借家法という法律で借地権者は手厚い保護を受けている上、借地権単独での売買も可能となっているのです。
なお、借地権の価値については固定資産税の評価に用いられる路線価図において「借地割合」というものが定められており、一般的な住宅地で所有権価格の60%、商業地などにおいては所有権価格の70%といった借地価格の評価基準が示されています。
こうした基準の存在により、「借地権の価値は借地割合に基づく」という考え方が一般的に浸透しているのですが、実際の売買においては少々事情が異なってきます。
実は借地権を売買する場合には
- 地主から借地売却の承諾を得る費用/譲渡承諾料(借地権売却価格の10%が相場)
が必ず必要になってくるのです。
その上、建物の老朽化により建替えが前提の取引であったり、借地契約の更新時期が迫っている場合には
といった費用を差引いた価格設定としなければなりませんから、借地割合どおりの価格設定で売却ができるケースは滅多にないのです。(建替え承諾料や更新料の要否は借地契約の内容にもよります)
このように借地権単独での売買は様々な理由で売却価格が伸び悩むことになりますが、こうした状況で威力を発揮するのが「底地と借地の同時売買」となる訳です。
もしも地主が借地権と同時に土地(底地)を売却することになれば、先程ご説明した承諾料や更新料は一切不要となります。
また、借地権を単独で売却する場合には
- 銀行によっては借地購入に対して融資を行わないケースがある
- 購入金額に対して満額の融資を行わない金融機関が殆どである
- 地主が承諾しない場合、銀行は借地への融資ができない
といった「借入れを行う面でのウィークポイント」が存在しており、こうした問題も売却価格を下落させる大きな原因となりますが、底地と借地を同時に売ることができれば、こうした問題を一気にクリアーすることができる上、所有権の物件と変わらぬ売却価格が望めるという訳なのです。
底地・借地の同時売却は地主にもメリットがある
さて、ここまでの解説をお読みになられて「底地・借地の同時売却は借地権者へ大きなメリットをもたらす」という印象を持たれた方も多いと思いますが、実は地主さんにとっても利点は少なくありません。
仮に地主が単独で借地権付きの土地のみを売却する場合、借地権割合である所有権価格の30~40%でも買い手を見つけることは困難でしょう。
土地に借地権が設定されている以上、底地を購入して自由な土地利用を行うことはできませんし、地代の滞納等が発生しない限りは借地契約を地主が一方的に解約することも不可能ですから、このような土地を購入する者は滅多に現れないという訳です。
※不動産業者の中には「底地業者」と呼ばれる底地買取専門の業者も存在しますが、その買取価格は非常に安価となります。
よって、借地権者からの解約の申出等がなければ、半永久的に地代を受け取りながら土地の貸出しを続けていくことになりますから、こうした状況の中での「底地・借地の同時売却」は非常に大きなメリットがあるのです。
但し、地主の中には「先祖伝来の土地をどうしても手放したくない」という方もいらっしゃいますし、「借地権売却の意思があるならば、是非自分(地主)が買い取りたい」と考える方もおられますので、底地・借地の同時売却を持ち掛ける場合には慎重にお話を進める必要があるでしょう。
そこで次項では、底地・借地の同時売却に際して注意すべき点について解説させていただきます。
底地・借地の同時売却の注意点
さて、底地と借地の同時売却の進めるに当たっては
- 売却代金の取り分で揉める可能性がある
- 取引完了までに時間が掛かる
- 契約書の内容に注意を払う必要がある
- 仲介業者の選定に注意を払う必要がある
以上のような注意点が存在しています。
借地と底地の同時売却を行うための第一歩は、地主に底地の売却を承諾してもらうことです。
前項にて解説した通り、底地と借地の同時売却は地主にとっても大きなメリットがありますから、全く話にならないというケースはそれ程多くないでしょうが、「売却代金の取り分」について合意することができず同時売却を諦めるパターンは少なくありません。
そして、このような状態に陥ってしまう最大の原因は「借地割合という不確かな基準」の存在です。
そもそも借地割合とは国税庁が定める固定資産税評価のための基準でしかないのですが、この基準があるが故に借地権者は「借地には所有権価格の60%(商業地では70%)の価値がある」と信じ込んでしまうケースが少なくありません。
一方、経験豊かな地主となれば借地の単独売買が如何に不利であるかを熟知していますから、借地権割合に即した売買代金の取り分には納得できないケースが多く、交渉が難航してしまうという訳なのです。
※私の経験上『借地権単独の売買価格は、借地と底地の同時売却価格の50%以下であることが殆ど』となりますので、地主・借地権者互いに取り分50%というのが無難な落としどころなのではないでしょうか。
こうして取り分交渉が難航すれば、売買完了までにどうしても時間が掛かってしまいますから、相続案件などタイムリミットが定められた取引においては、借地・底地の同時売却は不向きな売買手法となってしまうのです。
また、同時売買を成功させるには契約書の文言にも注意が必要となります。
底地と借地の同時売買において買主は、「底地の売主である地主」と「借地の売主である借地権者」という2人の売主を相手に売買契約をすることになりますが、決済までにどちらか一方の売主に契約を解除されてしまうと『取引の目的が達成できない物件(底地か借地のどちらか一方)を引き渡される』ことになってしまうのです。
そこで、こうした事態を防ぐために同時売買の契約においては
底地売買契約と借地売買契約は不可分一体の契約であるものとし、どちらか一方の契約が解除された場合には、もう一方の契約についても解除できるものとします。なお、地主と借地権者は買主に対して連帯して債務を負うものとし、どちらか一方の売主に催告を行えばも他方にもその効力が及ぶものとします。
といった特約を付するべきでしょう。
なお、こうした特約を契約書に加えるにしても、地主と借地権者の交渉をまとめるのにも、経験豊かな不動産業者の助力は必要不可欠となりますので、業者の選定には慎重を期するべきです。
さてここまでの解説において、底地と借地の同時売買の概要はご理解いただけたことと思いますので、ここからは私が実際に経験した同時売買の体験記を通して、取引の流れやポイントをお話ししていきましょう。
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実録!底借同時売買取引体験記
私が初めての底地と借地の同時売買を経験したのは、今から数年前の春先のことです。
お花見シーズンも真っ盛りのある日、借地権付きの建物(借地物件)に住んでおられる老夫婦が当社を訪れ、契約更新についてのご相談をされたことが全ての始まりでした。
このご夫婦、私がお付き合いのある地主さんから土地を借りているのですが、既に70歳台後半の年齢になっておられ、お二人で「介護施設への入所」を検討しているとのことです。
そして「借地権の更新は行わず、建物の買取を地主さんにお願いしたい」とのご要望をお持ちでした。
この話を受け、早速地主さんへと連絡を取ってみたのですが、「今、お金ないんだよね・・・」という、なかなかに消極的なお返事を頂いてしまいます。
ちなみに、今回の取引対象のスペックはといえば、東京都下(23区外)の住宅地にある土地面積40坪程の整形地に、築40年の木造二階建て住宅が建てられた物件となります。
駅からそれ程離れた場所ではないので、坪単価100万円程度での売却は望めそうですから、「更地価格で4000万円」というのが交渉のベースとなるでしょう。
また路線価上の借地割合についてはで借地権者60%、底地権者40%とされている地域(商業地では70%、30%という地域も多い)ですから、この物件については借地権者が2400万円分、底地権者が1600万円分の権利を持っているという考え方もできそうです。
そこでまずは、2400万円という借地権の買取価格を地主さんへ打診してみますが、「2400万円はとても出せないなぁ・・・、今出せるのは1700万円が限界だね」というシビアなコメントの後に「何ならこちらの底地を買って貰いたいくらいなんだよ」なんて本音がポロリと顔を覗かせます。
確かに借地権が設定された物件の場合、たとえ路線価上の権利割合が60%対40%であったとしても、「所有権価格を権利割合で案分した通りの金額で取引が成立するケースは少ない」のが実情です。
※所有権の土地であれば、購入希望者はいくらでも居るでしょうが、借地や底地となると「購入希望者を見付けるのが至難の業」となり、結局は更地価格よりも大幅に減額された価格で成約するケースが多い。
そこで1700万円という地主さんの目線を借地権者に伝えたところ、借地権者は「いやいやその値段では受けられないでしょ」とのお返事でした。
ならば反対に「地主さんが持つ底地権を購入して、所有権として第三者に売却してみては?」ともご提案してみたのですが、このアイデアにも『乗り気ではないご様子』です。
そして遂には、「地主さんが高く買ってくれないなら、第三者に対して借地権を単体で売りに出すしかないね」などというフレーズまで飛び出します。
確かに、借地権単体で売却することは可能ですが、借地人は地主さんへ譲渡承諾料を支払わなければならないことに加え、住宅ローンが利用し辛いため、そう簡単には買い手を見付けることができないのが現実です。
※そもそも借地権付き建物には「融資をしない」という金融機関もありますし、借地権は担保評価が低い上、地主からの承諾書を提出してもらわない限り、ローンが利用できない銀行が殆どです。
その上、この物件の建物は築年数が古いため、購入された方は直ぐに「建替え承諾料」を支払わねばなりませんし、契約期間も残りわずかですから、近い将来に「更新料」も負担しなければなりません。
こうした状況を考えて試算を行なってみると、
- 借地割合60%で計算した借地権価格/2400万円
- 譲渡承諾料/240万円(借地権売却価格の10%)
- 建替え承諾料/200万円(所有権更地価格【4000万円】の5%)
- 更新料/120万円(所有権更地価格【4000万円】の3%)
- 借地権価格2400万円 ー 各種承諾料等の合計560万円 = 売却予想価格1940万円
以上のような結果となりますので、この借地権付きの建物を2400万円で売るのは到底不可能といえるでしょう。
そこで私は、地主さんと借地権者さんの双方に対して、底地権と借地権の同時売買(底借同時売買)をご提案してみることにしました。
底借同時売買とは、『地主と借地権者がそれぞれ保有する底地権と借地権をセットにして、【所有権の物件】として売りに出す』という方法であり、これならば4000万円という成約価格も決して夢ではないはずです。
初めてこの提案を行った際には、やや不安そうなご様子であった両当事者でしたが、取引の詳細を説明していく過程でご理解を頂くことができましたので、早速同時売買の準備を始めて行きます。
さて、ここでまず行うべきなのは「売買代金の按分方法の取り決め」です。
買い手が付いた後に、「どちらの取り分がいくらだ!」なんて争いは避けたいところですから、これは事前にしっかりと決めておくべきでしょう。
早速、地主・借地権者に希望の売買代金配分案を出してもらいますが、
- 借地権者/借地60% 底地40%
- 地主/借地45% 底地55%
と意見は全く噛み合いません。
そこでまずは、両者の間を取り持つべく妥協案を模索していきますが、双方自分の考えを変える気はなさそうです。
そして、この膠着状態が2ヶ月も続いたところで、私は地主から呼び出しを受けます。
『遂に痺れを切らした地主に、底地売買中止の宣言を受けるのか・・・』と覚悟の上でご訪問すると、地主さんから「借地50% 底地50%で手を打たないか?」という妥協案を頂くことができました。
また、地主の口からは
- 借地の地代収入は固定資産税等を支払うと、あまり手元に利益が残らない
- 20年に1度、更新料がもらえるが120万円を20年で割ると、1年で6万円という計算になる
- こうした事情からどうしても取り分50%は譲れない
- この条件が飲めないのであれば、しっかりと譲渡承諾料等を支払った上で借地権を単独で売買してもらうしかない
という、地主の本音を聞かされました。
そこで私はこの地主の言葉を率直に借地権者に伝えると共に
- これまで地主が借地の貸し出しよって得た収益の計算書の提出
- 借地権単独売買を行なった場合の売却予想価格のシュミレーション(同時売買の50%取り分の方が結果的に高く売れる内容)
- 知り合いの建売業者にお願いして作成してもらった借地権についての買付証明書(価格は1800万円/借地権者が承諾すれば本当に借地を買う気がある)
以上の資料を提出して説得を試みます。
その結果、遂に借地権者も納得して「取り分50%ずつ」で同時売却を進めることになりました。
借地権者によれば、「借地割合という公的な基準の存在がどうしても心に引っ掛かっていたとのことですが、地主の実情と借地権単独売買の現実を知らされたことで、ようやく心に踏ん切りが付いた」とのことでした。
ちなみにここまで4ヶ月以上もの時間が経過しておりますので、ここからはスピードを上げて売買を進めたいところです。
こうした紆余曲折を経て、ついに40坪の古家付き売地、販売価格4000万円という物件の販売活動が開始されることとなりました。
但し、土地面積40坪という少々広すぎる敷地に、建物の寿命も残り少ないという物件は購入者もかなり限られますので、まずは『建売屋さんに建売用地として買っていただく方向」で営業活動を行っていきます。
そして程なくして、3700万円なら是非購入したいという建売会社さんが現れました。
確かに満額には届かないものの、300万円くらいの値引き交渉は一般ユーザーでも有り得る金額ですから、地主さん、借地権者さんの双方に購入希望者が現れた旨を伝えますが、
地主さんサイドはこの価格に満足してくれたものの、借地権者からは「NG」とのお返事が返って来ます。
そこで「どうしてもダメですか?」と食い下がってみますが、「この先何年あるかわからない余生を考えると、やはり少しでも高額での購入者を探したい」とのことです。
その後も何軒かの建売屋さんから「購入したい」との申し出がありましたが、どれも3700万円には届かず、仕方なく一般ユーザーへの販売活動へと舵を切ることにします。
しかしながら、当初の予想通り40坪という土地の大きさが災いしてか、なかなか買い手は現れず、時間だけが悪戯に過ぎて行きました。
確かに4000万円で土地を購入しても、解体に100万円以上、建物の新築に2000万円は必要ですから、諸経費を加えれば6500万円以上の買い物になる計算です。
新築30坪の建売が4500万円くらいで売られている地域ですから、やはりこれは価格が高過ぎますよね。
ところがそんな苦戦の最中、最初に3700万円で手を上げた建売屋さんが「3800万まで買い上がる」との打診をして来たのです。
『このチャンスを逃したら後は無い!』と考えた私は、必死で借地権者を口説きまくりどうにか3800万円で合意に至ることに成功します。(仲介手数料を半額にするという荒業まで繰り出して説得しました)
こうして迎えた売買契約の場には、買主である建売屋さんに、借地権者、地主さんの三者が集まり、「土地の売買契約」と「借地権付き建物売買の契約」を同時に締結。
そして決済においては、土地と建物のそれぞれの所有権を買主さんに移転させ、取引終了となりました。
なお、この決済において借地権の契約も消滅することになりますから、地主さんと借地権者の間で『借地権契約が終了した旨の覚書』を取り交わすこと、そして地代の精算を行うことも忘れないようにしましょう。
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底借同時売買の流れまとめ
以上が、私が経験した底地と借地の同時売却の流れとなります。
ちなみに今回の物件の「その後は」といえば、買取を行った建売屋さんが20坪3階建ての建売2棟を建築し、現在では新たな購入者が生活を始めておられます。
なお、私は土地を卸した業者として「建売の販売」に入らせていただき、手数料をおまけした分はしっかり補填することができしました。
底地と借地という、バラバラな時には非常に価値が下がってしまう物件同士を抱き合わせで販売する『底地・借地同時売買』という手法は、正に三方良しの売却方法であるのではないでしょうか。
但し、本日ご紹介したケースのように「どからか一方の売主が応じてくれない」となれば、絶好の売り時を逃してしまう場合もありますから、その点には大いに注意が必要です。
ではこれにて、底地・借地の同時売却の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います。