賃貸物件の運用を手広く行なっていると、避けては通れないのが企業を相手にした「法人契約」という取引態様となります。

取引経験が少ない方にとっては『通常の契約と何が違うの?』といった印象をお持ちになられるかもしれませんが、対個人の契約と比べると「様々な部分で差異が生じて来るもの」なのです。

そこで本日は、この賃貸の法人契約について、お話をさせていただきたいと思います。

なお、今回の記事では契約対象が「居住用物件」であることを前提とした上で、対個人用契約書の作り方を解説した過去記事「賃貸契約書の注意点を解説いたします!」と比較しながら、ご説明を進めて行きたいと思います。

では、賃貸法人契約書と特約の作り方の知恵袋を開いてみましょう。

賃貸法人契約書と特約

 

賃貸法人契約の注意点

さて、具体的な条文の説明を始める前に、まずは法人契約で注意すべき点について、少々お話をさせていただきたいと思います。

契約者と連帯保証人の問題

法人と賃貸借契約を締結するに当たって、まず問題となるのが契約者と連帯保証人に関する事項となるでしょう。

個人契約の場合には、勤めている会社や年収、家族構成など、入居審査に際して判断材料となる様々な情報があるものです。

これに対して法人契約では、相手が大手企業であるならいざ知らず、「殆ど知名度のない会社」である場合には、決算書くらいしか「審査において参考にする資料」が存在しません。

また中には、入居審査を有利に進めるために「内容を偽った決算書」を提出してくる法人もありますので、じっくりと内容を吟味した上で審査を進めて行かねばならないのです。

また、『入居審査を合格とすべきか否か』で迷った場合には、「連帯保証人になる者の属性(プロフィール)を基準に判断したい」と思うものですが、法人契約場合には「相手企業の代表者を保証人にするか、保証人なし」というパターンが定石となりますから、この点でも大いに頭を悩ませることになります。

ちなみに賃貸保証会社でも法人の社宅契約の保証を引き受けていますが、決算内容が思わしくない会社は審査落ちするケースも少なくですから、『迷った時は賃貸保証会社頼み!』とするのも厳しい場合があるのです。

よって、『賃貸保証会社が利用できない法人』と契約する場合には会社の実態の有無を確認(所在地に本当に会社が存在しているか等)したり、代表取締役以外の保証人を擁立してもらうなどの対策を講じる必要があります。

契約代行会社の問題

また一方で、賃貸借契約の相手方が大手法人であるからといって、必ずしも安心という訳にも行かないものです。

近年では、不動産業者が大手企業の社宅借り上げなどに際して「代理人」として介入して来る『契約代行サービス』を利用する法人が増えつつあります。

そして契約代行サービスにおいては、大手法人から社宅契約の代理権を取得した不動産業者が「賃貸借契約の内容のチェックから、入居の手続き、退去時の敷金精算までを一括して請け負う」ことになるのです。

よって代行会社が入った場合には、オーナー側が用意した「賃貸借契約書の内容に多くの注文を付けてくる」ことも珍しくありませんし、「退去時の原状回復に関する交渉も一筋縄ではいかない」など、正に大家さん・管理会社さん泣かせの契約形態なのです。

さて、このようなお話を聞けば「代行会社が入った申込みなど、断ってしまいたい!」とも思うでしょうが、大手企業の多くがこのサービスを利用しているため、『最早、避けては通れない』というのが実情でしょう。

 

このように、法人契約というだけも「実に様々な問題」が生じることになりますから、賃貸借契約書や特約条項の内容にもそれなりの工夫が必要となって来る訳です。

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賃貸法人契約書に加えるべき条項と特約

では、具体的に法人契約ならではの条項や特約についてお話しして行きましょう。

社宅としての用途と人員変更についての特約

本記事は「居住用物件における法人契約」をテーマにしていますので、物件の使用目的はズバリ『社宅』ということになります。

よって、個人相手の賃貸借契約書において「居室」や「居宅」と表示されていた物件の使用目的については、「社宅」へと記載を変更するべきでしょう。

なお、単に社宅として契約してしまうと、借主である法人が自由に入居者(社員)の入れ替えを行うことが想定されますので、こうした事態を防ぐためには、

  • 入居者の入れ替えには、貸主の承諾を要する
  • 入居者の入れ替えに際しては、新規契約を締結しなければならない
  • 物件の定員を1名に限定する

などの条件を契約に付加する必要があります。

但し、借り手があってこその契約ですから、借主が希望する条件をしっかりと聞き出し、双方が納得できる落とし所を模索していくことになるでしょう。

反社会的勢力についての条項

反社会的勢力を排除するために、反社勢力との契約禁止条項を契約書に盛り込んでおくことは非常に重要となりますが、相手が法人の場合には、

『借主または、その役員・取締役、借主が指定する入居者またはその関係者』まで範囲を広げて、反社会的勢力に所属していないことの確約を取っておくべきでしょう。

更に確約を行うと共に、法人の関係者が反社会的勢力に所属している者を物件に出入りさせることを禁じる条文も加えておけば完璧です。

解除条項に付加するべき文言

個人向けの契約においては、賃料滞納や賃借人の義務違反などが契約解除の要件となっていましたが、法人契約では更に下記の文言を追加する必要があるでしょう。

「借主が仮差押・仮処分、または破産宣告・民事再生手続き・会社更生手続き・特別清算手続きを受けた時、強制執行・競売等の申立て、若しくは監督官庁による営業取消処分、銀行取引の停止等を受けた場合、貸主は本契約を解除することができる。」

この文言を解除条項に付加することにより、法人だからこそ発生する多くのリスクに備えることができるようになります。

借家人賠償保険に関する特約

「賃借人は本物件の入居に際し、借家人賠償保険に加入するものとし、既に加入済みの場合にはその内容を貸主の明示するものとします。」

通常、賃貸物件の契約に際しては、管理会社などが用意している借家人賠償保険(建物に入居者が損害を与えた場合の保険)への加入が借主に義務付けられます。

しかし、相手が大手の法人ともなれば、自社で一括してこの借家人賠償保険に加入していることも多く、管理会社が用意した保険に加入してもらえないのが通常です。

もちろん、「管理会社指定の借家人賠償保険への加入」を無理強いをすることもできませんので、『既に加入済みの保険の保証内容を確認する』ために、この特約を入れておくのが良いでしょう。

重要事項説明・契約書の説明義務特約

法人契約の場合、契約の当事者は会社であるものの、実際に入居するのはその企業の社員であるのが通常です。

しかしながら、契約書の読み合わせや重要事項の説明は「会社の人事担当者」に対して行うことが多いため、『実際に居住する本人が何の説明も受けていないケース』も少なくありません。

そこで、「借主は物件使用者に本契約の契約内容及び、重要事項説明書の内容を説明し、これを遵守させる義務を負うものとします」という特約を加えることで、法人に対して契約内容等の周知を徹底させることができます。

法人の名称変更や合併に関する特約

近年ではM&Aなども活発に行われているため、法人の名称変更や合併、営業目的の変更に際しては、貸主へ通知を行う義務を借主に課する契約条項を盛り込んでおくべきでしょう。

なお、単なる名称変更や合併であれば問題はないのですが、それらの行為の実体が「物件の賃借権の譲渡」である場合には、転貸禁止条項の定めに従って解約事由になり得ることも明記しておく必要があります。

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賃貸法人契約書と特約の作り方まとめ

このように、同じ居住用物件でも相手方が個人である場合と、法人である場合では、賃貸借契約書の内容に『かなりの違い』が出て来るものです。

また契約の相手が大企業である場合には「有名な会社だから安心!」という気にもなって来るものですが、取引である以上は『落とし穴が隠されている可能性」も充分にありますから、決して気を抜かずに契約に臨んでいただければと思います。

なお、これが法人契約である上に、対象物件が事務所や店舗などの事業用物件となれば、その違いは更に顕著なものとなるはずです。

後日、こうした事業用物件に向けた契約書・特約作成に関する記事も書かせていただくつもりですので、そちらも是非ご参考にしていただければと思います。

ちなみに法人契約には面倒な点も多々ありますが、賃貸経営を行う上で避けては通れない道である上に、軌道にさえ乗ってしまえば賃料滞納のリスクも低く、安定した収入が見込めるという利点があるのも確かです。

こうしたメリットを考えれば、しっかりと知識を身に付け、法人契約もスパスパこなせるスキルを備えておきたいものですよね。

ではこれにて、賃貸法人契約書と特約の作り方の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います!