不動産の仕事をしていると、時折目にするのが任意売却絡みの案件です。

なお、任意売却とは競売に掛かる寸前の物件を任意で売却するという取引の形態を指す言葉となりますが、少々「特殊な案件」であるため、長年不動産屋さんを営んでいても『一度も任意売却の元付け(売却依頼を請け負う立場)を経験したことがない』という方も多いのではないでしょうか。

そこで本日は「任意売却購入の流れについて解説いたします!」と題して、任意売却の概要や取引の流れ、そして管理人が実際に経験した取引の体験記をお届けしたいと思います!

任意売却購入の流れ

 

任意売却とは

ではまず最初に、「そもそも任意売却とは何であるか」という点からお話をスタートさせましょう。

冒頭でも述べた通り、任意売却は「不動産を担保に入れた借入れ」の返済が滞ってしまい、「もはや競売直前」と言う段階で行われる売買の形式となります。

通常、不動産を担保に借入れを行う場合には、対象物件に対して抵当権が設定されることになり、返済が滞った際には債権者(抵当権者)が裁判所に対して申立てを行い、競売で物件を売却することにより貸付金の回収を図ろうとするものです。

但し、競売によって得らる売買代金は多くの場合、通常の売買価格を下回ることになりますので、債権者としても『必ずしも競売が望ましい』という訳ではありません。

※物件を競売に掛けられる「債務者」の立場としても、得らえる金額が少なければ『競売後に残る残債務が増えるだけの結果』となりますから、債務者としても「少しでも高い価格で売却したい」と考えるのが通常でしょう。

そして、このような事情を背景に行われるのが任意売却であり、債権者と債務者が同意の下に「競売を回避して、任意の売却によって少しでも多くの資金を回収する」というのが、この売買の目的となります。

ただ、任意売却を実現するには原則として全ての抵当権者(債権者)の同意が必要となるため、抵当権者が3人、4人と複数になる場合には「私は任意売却に反対だ」と言い出す者の出現によって、これが阻まれることも珍しくありません。

※複数の債権者が存在する場合などには、銀行以外にも消費者金融や怪しい個人の金貸し等が抵当権者に名を連ねているケースも多いですし、大手金融機関の中には「会社のルールで任意売却に賛同することができない」というところもあります。

更に任意売却を行ったからといって、全ての債権者が貸付金全額を回収できる訳ではありませんので「各債権者がどの程度の貸付金を回収したいのか」という点も、この取引を行う上では重要になってきます。

例えば、相場的に3000万円くらいで売れそうな物件に対して、5000万円の借金があり、各債務者が1円も貸付金の回収額に妥協をしなければ、5000万円以上の購入希望者を見付け出さない限り、任意売却は成立しないことになるのです。

よって、任意売却を成功させるには「各債権者に声を掛け、いくら資金を回収したいのかを取りまとめる交渉人」、そして「回収希望金額を上回る金額で物件を買ってくれる購入希望者を見付けてくる者」の存在が不可欠となります。

ちなみに実務において、この「取りまとめ役」を演じるのは、『管財人となっている弁護士』や『弁護士から依頼を受けた不動産業者』、または『競売直前の物件所有者に連絡を取って、交渉役を買って出る専門業者』などとなるでしょう。

なお、債権者との交渉が不調に終われば、物件は改めて競売に掛けられることとなりますので、一度は任意売却に向けての話し合いが行われたものの、結局は競売を回避できないケースも珍しくはありません。

任意売却の一般的な流れ

ではここからは、任意売却が完了するまでの一般的な流れについてお話ししていきましょう。

ローン返済滞納が発生

住宅ローン等の借入れを行っており、月々の返済が滞った場合には債務者の手元に「督促状」が届くことになります。

そして、これを無視し続けていると約6ヶ月程度で『代位弁済を完了した旨の通知』および『期限の利益が喪失した旨の通知』が送られてくるのです。

『代位弁済を完了した旨の通知』とは、保証人を請け負っている保証会社が「債務者の代わりに返済を行った旨」の通知となります。

一方、『期限の利益が喪失した旨の通知』は返済滞納により、債務者が借入を月々返済していく権利を失った旨の通知であり、これは「借入れ全額を一括で返済しなければならない状態になった」という状況を意味するのです。

もちろん、これまで滞納を続けて来た者に一括返済をする資力がある可能性は低いでしょうから、この通知が来た段階で「最早打つ手なし」という状態であるケースが殆どとなるでしょう。

なお、このまま何も手を打たないでいると銀行が物件に設定している抵当権が行使され、3ヶ月後(滞納スタートから9ヶ月後)には競売決定の通知書が届き、早ければ更にその4ヶ月(滞納スタートから13ヶ月後)には競落人(落札者)が決定しているという状況になってしまいます。

ちなみに、先程も解説したとおり「競売の落札価格」は「不動産の実勢価格」を大きく下回るのが原則ですから、債権者にとってはより多くの資金を回収するため、債務者にとっては残債をより軽くするために、「少しでも高く物件を売却したい」というのが本音でしょう。

そこで検討するべきとなるのが、競売が開始までの期間内に買い手を見付け出し、より実勢価格に近い価格で物件を売却できる可能性がある「任意売却」という手法なのです。

任意売却に向けての準備

さて、「任意売却にチャレンジしてみよう!」と決心しても、一般の方が自力でこれを行うのは非常に困難な作業となります。

よって、任意売却をスタートさせるためには

  • 弁護士等の法律家に相談する
  • 不動産会社へ相談する

という、どちらかの道を選ばなければなりません。

ちなみに、弁護士への相談は、任意売却と合わせて債務整理や自己破産の申請を行う際のルートとなるのが一般的です。

弁護士は債権者との交渉や破産手続きを進める傍ら、お付き合いのある不動産業者へ依頼を行って任意売却の手続きを進めていくことになるでしょう。

一方、直接不動産会社へ依頼を行えば、よりダイレクトにお話が進んで行くことになりますが、冒頭でも申し上げたとおり不動産会社の中には「一度も任意売却を経験したことがない」という業者も少なくありませんので、なるべく経験が豊かな会社へ依頼を行うように心掛けるべきです。

そして、不動産業者が決まったら「ローンの残債額の確認(残高証明書などで確認が可能)」、「物件がいくらくらいで売却できるか」といった打ち合わせを行った上で、売却に向けての活動をスタートさせることになります。

任意売却開始、売買契約締結

こうして任意売却へ向けての販売活動がようやく開始されることになりますが、裁判所においては刻々と競売に向けての準備が進んでいますので、のんびりとしている訳にはいきません。

なお、競売を中止させためには改札日の2日前までに裁判所へ申請を行わねばなりませんので、そこが買い手を見つけるギリギリのタイムリミットとなるでしょう。

さて、ここでまず行うべきなのが、債権者たちと連絡を取って「任意売却の許可を得る作業」となります。(連絡は不動産業者が行います)

債務者たちはそれぞれ債務者へお金を貸しており、競売が行われた後には利益の分配を受ける立場ですから、任意売却には彼ら全員の許可が必須であるという訳です。

もしも、ここで1人でも「任意売却は認めない」となれば競売開始を待つしかありませんので、任意売却における第一の山場となるでしょう。

そして、債権者全員の任意売却許可が得られたならば、ここから一気に販売活動を開始していくことになります。

ちなみに、任意売却においては購入の申し込みが入った後も、

  • 購入希望価格について、債権者たちを納得させるのに時間が掛かる
  • 購入希望価格が低過ぎて、任意売却自体が取り止めになる

といった、一般的な取引ではあり得ない事態が発生するケースも珍しくありません。

よって、通常であれば売買契約締結から引渡し完了まで3ヶ月程度の期間を要するのに対して、任意売却ではその2倍の6ヶ月くらいの期間を想定しておく必要 があります。

更に、「債権絡みの物件は何だか気持ちが悪い」、「物件の瑕疵(欠陥)についての保全が一切行われない」など、一般の方には少々ハードルの高い問題もありますので、

  • 建売屋さんなどプロの不動産業者への物件紹介
  • 任意売却専門業者を介しての購入希望者への物件情報提供
  • 任意売却物件専用のポータルサイトへの情報掲載

といった、通常とは異なる方法で買主探しが行われることになります。

こうしたプロセスを経て、購入希望者が現れれば売買契約を締結し、最後の山場となる決済・引渡しへとステージは進んでいきます。

任意売却の決済・引渡し

前項において売買契約が締結できたということは、購入希望者の買付証明書の金額に基づいて、各債権者が「自分の受け取れる返済額に納得した」ということになりますので、競売のタイムリミットである改札日が迫っている場合には、競売申し立て取り下げの手続きを急がねばなりません。

なお、取り下げ手続きには債権者の印鑑証明が必要となりますので、書類の準備に要する時間などもしっかりと計算した上で行動する必要があるでしょう。

また、債権者は金融機関となることが多いでしょうが、決済に際しては社内での手続き(稟議を回す)に時間が掛かる場合もありますので、事前に綿密なタイムスケジュールを組んでおくことが重要です。

そして無事に決済日を迎えることができれば、所有権移転登記を行い、残代金は各債権者へと分配されることになりますが、それでもまだ債務者に残債が残っている場合には、その後も返済を続けていく必要がありますし、場合によっては自己破産などの手続きを行わねばならないケースもあるでしょう。

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実録!任意売却体験記!

さて、ここまでの解説にて任意売却についての流れと概要はご理解いただけたことと思いますので、本項では実際に私が経験した「任意売却の体験談」をお話ししてみたいと思います。

この案件が私の下に転がり込んだきたのは、17年前の春のことでした。

その頃は、既に不動産屋さんの社員になって6年目くらいの時期でしたから、ようやく「仕事の面白みが解ってきた」というタイミングであったと記憶しています。

唐突に事務所の電話が鳴り、手に取った受話器の向こうからは当社の顧問弁護士K先生の声が聞こえてきました。

K先生「任意売却の案件があるのだけど、お宅でやれる?」

正直、当時は任意売却のことなど殆ど知らない状態だったのですが、ここは意気込みが大切ですから「是非やらせてください!」と迷わず快諾してしまいました。

後日、先生の事務所に伺って案件の詳細をお聞きしましたが、対象物件は東京都内にある土地面積約30坪、築10年の木造中古戸建であるとのこと。

なお、売主さん(債務者)は今もこの物件に住み続けているとのことでしたから、弁護士の先生から事前にご連絡を入れていただいた上で、物件調査を兼ねてご挨拶に向かいます。

競売寸前の物件の所有者とのことでしたので、「さぞや負のオーラ満載の方なのでは・・・」と少々ビビリながら訪問しましたが、意外に明るい普通の中年男性が私を迎えてくれました。

ひとしきりご挨拶をして、今後の流れについてご説明した後は雑談となりましたが、今回のような事態に陥ったのはギャンブルが原因であるとのこと。

そして、転落の軌跡を延々と聞かされた上、「できれば自宅を手放したくない・・・」との想いを切々と語られることになりましたが、売主の置かれた状況を考えれば、やはり少しでも高く物件を売却する他はありません。

そこで早速販売活動を開始することになりますが、今回の物件は築年数10年とまだ新しいものの、それなりに建物が痛んでいた上、残された時間も少なかったため、エンドユーザーより不動産会社に卸す方が安全であると判断しました。

その後は、あまり時間を掛けることもなく「是非、物件を購入したい」という買主さん(不動産業者)を見付けることができましたので、ここからいよいよ任意売却に向けてのアクション開始です。

ちなみに、ここでまず取り掛かるべきは登記簿謄本(登記事項証明書)に記載されている債権者たちに連絡を入れる作業となるでしょう。

連絡窓口については弁護士の先生が調べておいてくれましたので、スムーズに電話を掛けることができましたが、初めての作業にかなり緊張したのを憶えています。

実際の作業の内容としては、1番抵当権者、2番抵当権者と順番に連絡を入れ、「どれくらいの弁済を受けられれば任意売却に応じてもらえるか?」というご相談をしていくことになります。

また原則として、1番→2番→3番と抵当権の順位が高い順に優先的に弁済が受けられるシステムとなっているのですが、債権者たちも「何番抵当で●●●万円貸していれば、●●万円回収」という目標が明確に存在している様子であり、ここまでは苦労なく話が進んで行きました。

しかし、4番抵当の地方銀行は「うーん、売買金額が安過ぎるね・・・」と難色を示し、『会議で任意売却に応じるか否かの判断をする』と伝えて来たのです。

なお、たとえ4番目の抵当権者でもここで「ダメ出し」を喰らえば、任意売却は不調に終わり、物件は競売に掛けられてしまう訳ですから、やはり世の中は厳しいものですよね。

先方からの返事を待つ間は正にドキドキの日々を過ごすことになりましたが、散々待たされた挙句に届いた返事は「金額の面の問題で任意売却には応じられない」という無情なものでした。

ただ、ここでおとなしく引き下がる訳にも行きませんので、「いくらなら応じてくれるのか?」という質問を投げ掛けた上で、買主に対して『購入金額の買い上がりを要請』をしてみます。

そして実に幸運なことに、買主からは「買い上げり承諾」の返事をもらうことができ、ギリギリのところで競売回避に成功することができました。(5番目の抵当権者はあっさりと承諾してくれました)

こうして条件が整えば、各債権者に売買価格の返済案分表を送付し、改めて弁済額の確認を取った上で売買契約へとお話は進みます。

任意売却の契約・決済はここが違う!

まずは売主・買主へ連絡を入れて契約日時を設定し、売買契約書等の作成に取り掛かりますが、契約内容については通常の取引と特に変わりはありませんでしたので、サラリと書面を作成することができました。(売買契約書の作り方の詳細については別記事「不動産売買契約書の作り方について解説いたします!」をご参照ください)

ただ、唯一問題なのが契約締結の際に受け渡しされる手付金の処理です。

売主さんがお金に困っているのは明らかですから、通常の売買のように手付金を現金で渡せば返済などに使われてしまう危険性があります。

当然ながら「手付金も含めた売買代金全額を債権者たちに配分する必要」がありますので、これは絶対にあってはならないことなのです。

そこで、手付金は仲介業者である私の会社が引渡しまで預かる旨の覚書を交わして、売買契約を無事に終えることができました。(これを「手付預かり」と言います)

こうして契約が完了したならば、売買契約書のコピーを各債権者に送り付け、「競売取り下げ」と「抵当権解除」に向けて準備をしてもらうように依頼を掛けます。

そして、最後に残ったのが売主さんの引っ越し先を探すという作業です。

破産者ということで、なかなか借りられる賃貸物件も限られていましたが、親類に保証人となってくれる方が居たため、何とか新居も確保することができました。

その後は特に問題が発生することもなく、いよいよ決済日を迎えます。

決済の会場となったのは、買主である建売業者さんが融資を受ける銀行の応接室だったのですが、この任意売却には5番抵当まで付いていたので、抵当権の抹消書類を持った債権者が5人も同席することとなりました。

普段であればトークで場を盛り上げようとするのですが、債権者の皆さんは非常に淡々としたご様子でしたので雑談をする雰囲気でもなく、かなり緊張したのを憶えています。

その上、5番抵当の債権者は、電話では親切な対応をしてくれたものの、お会いしてみれば見た目は完全に「あちらの世界の方」。

相当ドキドキしながら決済の手続きを行うハメになりましたが、どうにか無事に引渡しを終えることができました。

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任意売却購入の流れまとめ

さてここまでが、任意売却の概要と流れの解説と、私が初めて経験した取引体験記となります。

以降も何度か任意売却の取引をしましたが、中には「競売以外は認めない」と豪語する銀行さんに阻まれ、取引が不調に終わるパターンもありました。

ちなみに、弁護士等と太いパイプを持っていれば、こうした任意売却の案件がガンガン入ってくるようですが、生涯経験することのできない不動産屋さんも少なくないとのことなので、このような経験を積むことができたのは非常にラッキーだったと思います。

ではこれにて、任意売却購入の流れに関する知恵袋を閉じさせていただきたいと思います!