近年、世間を大きく騒がせた税制改正と言えば「インボイス制度のスタート」ということになるでしょう。
そして、このインボイス制度は不動産取引、その中でも特に賃貸借契約に対して大きな影響を及ぼすこととなったのですが、制度導入後の現在でも「その概要が今ひとつ理解できない」という方が多いようです。
そこで本日は「インボイスと賃貸契約について解説いたします!」と題して、インボイス制度の概要と、物件オーナー様や不動産業者が押さえておくべき賃貸借契約に係るポイントや注意点についてお話ししてみたいと思います。
インボイス制度についてわかりやすく解説!
「インボイス制度」という名称を聞いて、『横文字で言われると逆にわかり辛いよ・・・』と思われた方も多いことと思いますが、これを日本語に訳すと「適格請求書等保存方式」という更に難解なワードが飛び出す結果となりますので、まずはがっちりと基礎から学んでいきましょう。
そもそも「適格請求書等保存方式」とは請求書の発行方式の名称であり、2023年10月1日よりこのタイプの請求書の発行が認められることになりました。
もちろん、これ以前から「請求書の発行は行っている」という方が多いでしょうが、以前の請求書の発行方式は「区分記載請求書等保存方式(10%と8%の異なる消費税率に対応した方式)」と呼ばれるもので、2023年10月1日以降のインボイス制度導入後はこれまでの必要記載事項に加えて
- 請求書を発行する者の登録番号
- 税率別に分けた消費税の税額
- 税率別に分けて合計した税込み(税抜き)価格と適用税率
などを追加しての発行が義務付けられたのです。(区分記載請求書等保存方式は廃止となりました)
さて、このようにご説明すると『請求書の書き方が変わるだけね・・・』と思われるかもしれませんが、最も厄介なのが「請求書を発行する者の登録番号」を記載する義務があるという点になります。
実はこの「請求書を発行する者の登録番号」を発行してもらうためには、適格請求書発行事業者としての登録が必須となるのですが、それには登録希望者が「消費税の課税事業者」である必要があるのです。
消費税法においては、前々年(年度)の課税売上が1000万円以下の事業者は消費税の納税を免除してもらえるルールとなっています。(免税事業者)
そして今後も、売上が1000万円に満たない事業者は消費税を納税する必要はないものの、
免税事業者は取引先から適格請求書(インボイス)の発行を依頼されても、これを行うことができないルールとなっている
のです。
※売上が1000万円以下の事業者でも、課税事業者としての登録を済ませた上で適格請求書発行事業者となればインボイスの発行が可能です。(当然、消費税の納税義務も生じます)
なお、このような解説を読めば免税事業者の方は「だったら適格請求書の発行などする必要がない!」と思われるでしょうが、そこには「仕入税額控除に関する落とし穴」が隠されているのです。
さて、仕入税額控除をわかりやすくご説明すると「消費税同士の相殺」とも言い換えることができます。
具体的に例を挙げてご説明いたしますと、
- 「10,000円の材料を本体価格10,000円+消費税1,000円=11,000円」で仕入れを行う
- 「本体価格30,000円+消費税3,000円=33,000円」でこれを販売する
- 「販売に要した消費税3,000円‐仕入れに要した消費税1,000円=相殺後の消費税2,000円」を納税する
といった具合に消費税同士の相殺を行うことが『仕入税額控除』となる訳です。
そして、インボイス制度導入後は「適格請求書が発行できない場合には、この仕入税額控除ができないルール」へ変更となります。(経過措置がありますのですぐに全額が控除不能になる訳ではありません。詳細は後述します。)
そうとなれば先程例に挙げたのケースにおいて、仕入れ先の業者がインボイス登録をしていないと、
- 「10,000円の材料を本体価格10,000円+消費税1,000円=11,000円」で仕入れ
- 「本体価格30,000円+消費税3,000円=33,000円」でこれを販売する
- 仕入れと販売の消費税を相殺する「仕入れ控除」は不能
- 「販売に要した消費税3,000円+仕入れに要した消費税1,000円=合計消費税4,000円」を納税しなければならない
という状態なってしまうのです。
なお、仮にこのような状況となれば、仕入れをする側の企業は「適格請求書を発行できる会社(インボイス登録をしている会社)に仕入れ先を変更せざるを得ない状況」となるのは当然のことですよね。
ちなみに、勘が良い方は既にお気付きのことと思いますが、このインボイス制度の導入は「課税売上が1000万円を超えているにも係わらず、免税事業者として納税を逃れている事業者へ実質の納税義務を課する制度」とも言い換えることができるかもしれません。(売り上げの問題で免税事業者となっている方には迷惑千万なお話ですが・・・)
さて、ここまでのお話をご理解いただければインボイス制度の概要は最低限ご理解いただけたことと思いますので、次項ではいよいよ不動産の賃貸にこのインボイス制度が如何に関わってくるかをご説明していきたいと思います。
※インボイス制度には経過措置があり、2026年10月までは80%、2029年10月までは50%の仕入税額控除が可能となりますが、それ以降は適格請求書なしの控除が不能となります。
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インボイス制度が賃貸契約や管理業務、不動産投資に及ぼす影響について
ではさっそく、インボイス制度が賃貸契約や管理業務、不動産投資に及ぼす影響について考えてまいりましょう。
事業用物件、駐車場の賃料について
インボイス制度の開始後、賃貸借契約を作成する際に注意が必要となるのが、
- 事業用物件(店舗・事務所・倉庫・工場等)の賃料
- 月極駐車場の賃料
についてとなります。
居住用物件についてはそもそも消費税が非課税ですから問題はありませんが、対象物件が店舗や倉庫などの事業用物件、または駐車場である場合には、先程ご説明した仕入税額控除が問題になってきます。
実際に月極駐車場の賃料を例に挙げてご説明すると、
- 「月額賃料10,000円+消費税1,000円」で月極駐車場を借りている場合、『消費税1,000円』は仕入税額控除の対象となっていた
- インボイス制度運用開始後、物件オーナーが登録を行わない
- 『消費税1,000円』の仕入税額控除は不可、借主は実質11,000円の賃料を支払う状態になる
- 賃貸条件を一切変更していないのに、実質1,000円の賃料値上げとなる
という事態が発生します。
もちろん、大家さん(物件オーナー)が適格請求書発行事業者となり、インボイスが発行できる状態になっていれば問題はありませんが、そうでない場合には借主が大きな負担を強いられることになる訳です。
※借主が個人の場合には仕入税額控除が不能でも問題にならない可能性もありますが、個人事業者であるケースも考えられますので決して油断はできません。
そして、これが店舗や倉庫などの事業用賃貸物件、それも規模の大きなものとなれば、借主に毎月膨大な負担が掛かることとなりますから、これはかなり厳しい状況となるでしょう。
そうとなれば、借主としても「仕入税額控除が可能な物件に引っ越した方が良いのでは・・・」という考えに至るのも無理のないお話ですよね。
なお、インボイス登録を行わないオーナー様がこうした借主をフォローする手段としては、覚書などを交わして賃料を減額するのが現実的な方法であるかと思われます。
また、物件の新規募集に当たっては図面に「貸主がインボイスを行っていない旨」を明記しておく必要があるでしょう。
ちなみに既にお話しした通り、インボイス制度には経過措置があり、2026年10月までは80%、2029年10月までは50%の仕入控除が可能ですから、これに併せて段階的な賃料減額の取り決めを行っておくべきかと思われます。
事業用物件、月極駐車場の賃貸契約書に加えるべき事項
インボイス制度導入後の賃貸契約においては、「物件オーナー様がインボイス登録を行うか否か」によって、それぞれ必ず追加しなければならない記載事項が存在しますので、以下で解説してまいりましょう。
物件オーナー様がインボイス登録を行う場合
物件オーナー様がインボイス登録を行う場合に、賃貸借契約書へ記載が必要となるのが、
- 物件オーナーのインボイス番号
- 税込の月額賃料
- 月額賃料に含まれる消費税額
- 消費税率(10%)
以上の内容となります。
本来、インボイス制度の開始以降は事業用物件や月極駐車場の借主に対して、物件オーナーは月毎に適格請求書を発行すべきところですが、上記の事項を賃貸借契約書に表示することで請求書の発行が不要となるのです。
なお、インボイス制度スタート時点で既に契約中となっている物件については、別途大家さんから適格請求書発行事業者の登録番号等の事項(表記の必要事項)を記載した通知を借主へ送付する必要があるでしょう。
物件オーナー様がインボイス登録をしない場合
一方、物件オーナー様がインボイス登録をしない場合には、賃貸借契約書へ
貸主はインボイス登録を行っていないが、借主は消費税を含む賃料(駐車料金)を支払う義務を負うものとします。
という条項を加えておく必要があります。
実は「事業用物件の賃料」や「月極駐車場の賃料」には、物件オーナーが課税事業者であるか否かに係わらず消費税が自動的に組み込まれているのです。
よって、物件オーナーが非課税事業者である場合には消費税は借主から受け取ってはいるが、納税は行わずに賃料の一部としてしまっている状態ということになります。(こうした状態の税金を「益税」と呼びます)
そして、こうした状況は「消費税を納める義務のない非課税事業者(インボイス登録をしない事業者)に、どうして消費税を納める必要があるのだ」という借主からの指摘を招くことになりかねません。
そこでこうした指摘を受ける前に、契約書の条項において「借主に貸主が益税を得ていることを容認する確約を取っておく」ことが必要となってくるという訳です。
※益税を得たとしても、貸主に法的なペナルティーが課されることはありません。
請求書や領収証発行時の注意点
さて、インボイス制度開始後は請求書や領収証の発行に際しても注意すべき点があります。
これまで賃貸管理会社などが事業用賃貸物件の契約金の請求を行う場合、
- 物件オーナーが受け取るべき金員(賃料・保証金など)
- 仲介業者が受け取るべき金員(仲介手数料など)
といった費用を一枚の請求書にまとめていましたが、インボイス制度開始後はこれを2枚の請求書に分けて発行する必要が出てきます。
これを行わないと借主が会計処理を行う際に、物件オーナーと仲介業者のインボイス番号を混同してしまい、混乱が発生する可能性が高いためです。
ましてや、オーナー様がインボイス登録をしていない場合には、「賃料の仕入税額控除を仲介業者のインボイス番号で行ってしまう」というトラブルも発生しかねませんから、十分な注意が必要となります。
そして、これと同様の理由で賃料の代理領収の際などに発行する領収証においても、インボイス番号の混同が生じないように配慮すべきでしょう。
収益物件を購入した場合の注意点
さてここからは、プロの不動産投資家様や不動産業者さん向けのお話しになるかもしれませんが、物件の仕入れを行った場合にもインボイス制度について注意が必要です。
例えば収益物件の購入を行った際、売主が適格請求書発行事業者に登録していなければ建物代に課税される消費税について仕入税額控除が不能となりますので、この点には注意すべきでしょう。
但し、買主となるものが不動産業者であり、転売目的で建売用地や収益物件を購入する場合(棚卸資産として計上する場合)には、特例的に売主の登録の有無に係わらず仕入税額控除が可能となるルールになっています。
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インボイス制度と不動産について解説!まとめ
さてここまで、インボイス制度の概要と不動産の賃貸や投資に及ぼす影響について解説してまいりました。
これまでの解説をお読みいただければご理解いただけることと思いますが、借主に法人が多い月極駐車場や事業用物件を保有されている方におかれましては、「適格請求書発行事業者への登録をせざるを得ない」というケースもあることでしょう。
そして、こうした方々の中でも売り上げが1000万円に遠く及ばない事業者様にとっては、今回のインボイス制度の導入は非常に厳しいものであるかと思いますが、段階的な賃料の値下げなどを行う労力を考えれば、やはりこれに従わざるを得ないのが現実かと思われます。
ちなみに、「個人がマイホームなどを売却する場合」にはたとえ課税収入が1000万円を超えている場合でも消費税を課税されることはありませんが、『収益物件や事業用物件を売却する場合』には消費税が課税されますから、買主側から「インボイスが発行できないなら、売買代金を減額して欲しい」との要望が出る可能性がありますのでご注意ください。
ではこれにて、「インボイスと賃貸契約について解説いたします! 」の知恵袋を閉じさせていただきたいと思います。