不動産業を営んでいると、実に様々なタイプの方とお取引をすることになりますが、今の世の中で最も注意しなければならないとされているのが「ご高齢者のお客様」となります。
あれ程度のご年齢ともなれば「判断能力が低下して取引の安全が図れない場合」もあるでしょうし、認知症などを患っている方については「取引自体が無効になってしまうケース」もありますから、不動産屋さんとしても非常に頭の痛いところです。
そこで本日は「高齢者との不動産取引の注意点を解説いたします!」と題して、トラブルの多いご年配のお客様との取引について解説してみたいと思います。
後見等の登記があるお客様への対応
冒頭でも少々お話しいたしましたが、ご年配の方とのお取引で注意しなければならない点は、
お客様が認知症などを患っていた場合に「意思能力の欠如」を理由に結んだ契約が無効になってしまう可能性がある
という点です。
そして我が国の民法においては「法律行為を行う者に弁識能力がなければ、それは無効となる」との定めがありますから、認知症の方が取引の相手ならば「ほぼ確実に無効になる」と考えるべきでしょう。
そうとなれば、相手が「認知症を患っているか、否か」を見極めた上で契約を行うことが何よりも重要なこととなりますが、医者でもない不動産業者に『その判定を行え』というのは実に酷なお話です。
但し、日本の法律では意思能力に問題がある人に対して「後見制度」を設けていますから、
『お客様の意思能力に不安を感じた場合』には、まずは「後見制度の対象となっている人物であるか否か」を調べること
が重要でしょう。
なお後見制度とは、単独で法律行為等を行うことに不安がある人物に対して、成年後見人や保佐人、補助人という役割の人間を選定し、行為の代理や補助を行わせる制度です。
制度利用のプロセスとしては、まず家庭裁判所が意思能力に問題がある人物に対して審判を行い、「被成年後見人・被保佐人・被補助人として扱うか、否か」を決定します。
また、この3種に認定された方々の補助役として成年後見人・保佐人・補助人なる者が裁判所により選定されることになり、本人の登記事項証明書には後見等の扱いがなされている旨と共に、後見人等に選定された者の名が記されることになるのです。
ちなみに、被成年後見人・被保佐人・被補助人はそれぞれに意思能力の度合いが異なる上、制限される行為の内容も変わって来ますので、その点には注意が必要となるでしょう。
更に、上記3種に加えて「任意後見」という制度もありますので、以下にそれぞれの詳細を説明して行きます。
被成年後見人
被成年後見人は最も意思能力に欠ける度合いが高い者に対して行われる認定となります。
そして原則、被成年後見人の法律行為は「成年後見人が代理して行うこと」となっており、被成年後見人と直接不動産の契約を締結しても無効と扱われてしまいますので要注意です。
よって、ご高齢者と契約することになった際には、
- 全部事項証明書
- (後見人等に)登記されていないことの証明書
を提出していただき、ご本人の意思能力の程を確かめることが重要でしょう。
なお、被成年後見人の登記がさなれていることが判明した場合には、代理権を有する後見人に連絡を取り、後見人を相手に契約を締結することとなります。
但しここで問題となるのが、売買する物件が被成年後見人の自宅であった場合です。
法律によれば、被成年後見人の自宅売却については後見人の代理のみでは許されず、「家庭裁判所の許可が必要」となりますのでご注意ください。
被保佐人
被成年後見人よりも一段階「意思能力がある」と判断されるのが被保佐人となります。
そして、被保佐人は不動産の契約に当たっても原則として代理人などを立てずに自分自身で契約を結ぶことが可能ですが、その際には『保佐人の同意が不可欠』となります。
よって、前項と同様に公的な証明書により保佐人を見付け出し、「契約に関して同意をもらう」のが必須の作業となるでしょう。
但し、保佐人の登記事項の中には『行う行為の内容』によって「保佐人の同意が必要な行為」と「保佐人が代理しなければならない行為」が分けられているケースもありますので、
公的証明書をじっくりと読み込んで、不動産売買に保佐人の「同意」と「代理」のどちらが必要であるかを把握することが重要となります。
被補助人
そして最も「意思能力がある」と判断されるのが被補助人ですが、その扱いは『殆ど被保佐人と同様』と考えて良いでしょう。
よって、まずは公的証明書で補助人を割出し、不動産売買に「同意」と「代理」のどちらが必要かを調べてから契約に臨むべきです。
任意後見人
ここまでお話しして来た3種の行為制限者たちは、法律によりその運用が定められた「法定後見」に分類される立場となりますが、ここでお話しする任意後見は文字通り「任意に設定された後見人」を指す言葉です。
つまり、本人が高齢となり自分自身の判断能力に不安を感じた際に
「自主的に後見人を定める」のがこの制度であり、本人と受任者(後見人)との間の契約によって成立する関係
となります。
なお原則、後見人に与えられる権限は法定後見と変わりないものとなりますが、注意が必要なのは「後見契約がなされているだけでは、後見人に代理権が存在しない」という点でしょう。
すなわち、後見契約を結んだだけの段階では、本人は問題なく法律行為が行える状態にあるいう訳です。(通常の契約が可能)
但し症状が悪化して判断能力が衰えた場合には、
家庭裁判所が任意後見人に対する監督人を選任することとなり、この段階で初めて後見人に代理権が発生するという仕組み
となります。
なお、監督人が選任されると登記事項にもその旨が反映されますから、謄本等をじっくり確認すれば、任意後見がどの段階にあるかを知ることができるはずです。
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登記がないお客様への対応
さてここまで「法定後見」や「任意後見」についてお話ししてまいりました。
そして、「家庭裁判所から何らかの審判を受けているご年配者」については、『登記事項』及び『登記されていないことの証明書』を提出してもらえば、安全な取引が可能となる訳ですが、問題なのは「何も登記がされていないお客様」についてとなります。
なお、認知症を患っている方の中で「既に家庭裁判所の審判を受けている」という方は極少数となるはずですから、むしろ『登記はされていないが意思能力を欠いたお客様を如何に見抜くか』ということの方が重要となって来る訳です。
では以下に、見極めのポイントを紹介して行きましょう。
本人へ徹底したヒヤリング調査を行う
認知症の方に「認知症ですか?」と尋ねても、『そうです』などと答えてくれるはずもありません。
しかし、意思能力の欠如は隠そうとしても必ずその「片鱗」が見え隠れしているものですから、これを炙り出す作業がヒヤリング調査となります。
調査と言っても、あまり仰々しく行うとお客様の機嫌を損ねてしまう可能性がありますので、あくまでも気付かれないように、さり気なく実行するのがコツです。
まずは世間話などから始めて、記憶の混濁などが無いかをチェックして行きましょう。
そして「郷里の話」や「過去にしていた仕事の話」、「家族との思い」でなどを聞き出して行き、矛盾している点などが出て来たら、きっちりとツッコミを入れて行きます。
また、話題を売買の方向へと向けて行き「売りたい・買いたいと思った動機」や「今後の展望」なども聞き出して行くのが良いでしょう。
なお、このヒヤリング調査での最大のポイントとなるのが
この会話の様子をボイスレコーダーなどに記録しておくこと
となります。
意思能力を巡って裁判となった場合には、この調査の模様はかなり有力な証拠となるはずですから、売買に至った動機などもしっかり音声にて押えてあれば裁判官の心証もかなり違ったものとなって来るはずです。
家族への確認
さて、本人への調査が終わったら、次に行うべきは家族への意思の確認です。
もちろん、将来的に相続人となる方全員の確認が取れれば言うことはありませんが、これは物理的に難しいのが実情でしょう。
そこでおすすめなのが、
特に親しい親族などに「契約や決済に付き添ってもらうこと」
となります。
契約や決済という重要な場に家族が立ち会っていれば、『本人に意思能力が欠けていた』などという言い掛かりも付け辛くなりますし、問題を「本人の意思能力の有無」から「家族同士の揉め事(同行した家族VS売買を知らなかった親族)」にシフトできる可能性も高まるでしょう。
また、どうしても親族が同行してくれない場合には、事前に郵送で「売買に関する意思確認書」などを送り、売買に同意した旨を書面にしておくのも方法です。
司法書士との面談
なお、売買で登記を担当する司法書士に「お客様と事前面談をしてもらう」ことも重要となります。
もし意思能力が無い者と売買をしてしまい、契約が無効にでもなれば、その登記を担当した司法書士も大きなダメージを負うことになりますから、
事前面談を依頼すれば「取引が可能であるか否か」の判断を慎重に行ってくれる
そもそも司法書士は法律の専門家となりますし、実務経験の長い者ならば認知症のお客様と何度も出くわしているはずですから、その鑑識眼はかなり信頼できるものとなるでしょう。
また万が一訴訟になった場合でも、司法書士が「意思能力あり」と判断したという事実は、大きな意味を持つこととなるはずです。
専門医による診断書の提出
さて、ここまで解説して来た方法を用いてもまだ不安があるという場合には「専門医による診断書の提出を求める」という方法もあります。
なお、認知症については
- 精神科
- 心療内科
- 脳神経外科
- 脳神経内科
- もの忘れ外来
などを受診することで、診断書を作成してもらうことができるでしょう。
専門医の診断書があれば、後に訴訟などに発展した場合でも非常に有力な証拠となるはずです。
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高齢者との不動産取引の注意点を解説まとめ
さてここまで、高齢者との不動産取引に関する注意事項や、取引上のトラブルを防ぐポイントをご紹介してまいりました。
今回ご紹介したテクニックを駆使して、是非ともご年配のお客様との安全なお取引を目指していただきたいものです。
なお、高齢者との取引において最も大切なのは「これはおかしいぞ!」と思った際に、自分を誤魔化さず『一旦立ち止まる勇気』を持つことでしょう。
確かに営業ノルマなどに追われていると、ついつい『気のせい・・・』などと自分に言い聞かせてしまうものですが、訴訟などに発展すれば「どうしてあの時に、取引中止の決断ができなかったのだろう・・・」と後悔することになりますから、常に冷静に状況を判断することが重要です。
ちなみに、認知症も非常に恐ろしいものではありますが、私の仕事仲間の中には「決済直前に売主が亡くなってしまった」というトラブルに巻き込まれた方もおられます。
こうなると、相続人が遺産分割協議書を完成させるまでは取引が不能となってしまいますから、是非ご注意いただければと思います。
ではこれにて、「高齢者との不動産取引の注意点を解説いたします!」の知恵袋を閉じさせていただきます。