人には誰しも「得手」「不得手」というものがあるものです。

そして、私のように不動産業界に身を置く者でもこれは同様であり、「賃貸は慣れているが売買の経験は少ない」という方もおられるでしょうし、その反対も然りといったところでしょう。

また、「仲介は得意だけど建売(戸建て分譲)はやったことがない」という方も多いでしょうし、「分譲マンションの仲介には慣れているが、戸建ての仲介はさっぱり・・・」という人もおられるはずです。

ちなみに、私自身としても『経験が乏しく不得手な取引』は意外に多くあり、その最たるものとも言えるのが「事業用物件の仲介、それもターゲットが工場」というパターンとなりますので、今回は「初めて工場物件を仲介した際の体験記」をお届けしてみたいと思います。

もちろん不動産屋さんの中には、「事業用物件専門」「工場仲介が得意」といった方もおられるでしょうから、こうした方からすると私の取引体験など『笑い話』になってしまうかもしれませんが、本日は恥を忍んで取引の模様をレポートさせていただくことにいたします。

では早速、事業用物件売買仲介の体験記(客付け編)を見て行きましょう。

事業用物件売買仲介

 

工場を買いたいお客様

現在の会社に入社してから6年目、既に売買部門の営業マンとして50件以上の仲介を経験していた時期に、私の元にもたらされたのが今回の案件となります。

平日の昼間、いつものように「週末のご案内」に向けて物件資料の整理をしていると、作業服に身を包んだナイスミドルが店先に現れました。

『どこかの工務店の社長さんかな?』などと考えながら用向きを伺ってみると、こちらのお方は地元では少々名の通った製造業者の専務さんであり、ご来店の目的は「新たな工場をオープンするにあたり、中古物件を探しに来た」とのことです。

そこで恐る恐る「ご予算」をお聞きしてみれば、購入額の上限は何と「3億円」であるとのこと。

突然もたらされたビッグな案件に、思わずニヤニヤとしてしまいそうな気持をグッと抑えて、ご希望される条件などを聞き出して行きます。

そして、専務さんから提示された条件をまとめてみると、下記のような内容となりました。

  • 購入価格は3億円以下
  • 敷地面積は200坪以上が希望
  • 大型トラックが出入りするため、前面道路の幅員は10m以上
  • 作業にはかなりの音が伴うので、近隣に民家が少ないこと
  • 作業の内容上、法令上の制限が掛かるので用途地域は準工業地域以上であること
  • 建物はなるべく築浅が希望で、木造は不可
  • 物件の正面に搬入用のシャッターが付いていること

ちなみに、「これまで50件以上の仲介を経験して来た」とは申しましたが、そのどれもが居住用物件でしたので、「今回提示されたご条件」はどれもが初めて耳にする内容ばかりであり、神妙な顔でメモを取りながらも内心は少々ビビっていたのを憶えています。

なお、せっかくご来店してくださったお客様を手ぶらで帰す訳にも行きませんので、とりあえずはレインズ・アットホームで物件を検索してみますが、条件に見合うものは見当たらず、止む無く「見付かり次第ご連絡をする」ことにしました。

但し、今回の相手は「予算3億円の上客」ですし、既に「他の不動産業者に物件探しの依頼をしている可能性も大」なので、ここはのんびりしていることもできません。

この日以来、目を皿のようにして売り物件情報をチェックすると共に、知り合いの不動産業者にも声を掛けまくり、とにかく情報収集に努めることにします。

さて、こうした努力の甲斐もあり、専務さんの来店から3日後には3件の「ご案内候補物件」を獲得することに成功しました。

そこで『善は急げ』とばかりにお客様へ連絡を入れてみると「会社に資料を持って来て欲しい」とのことでしたので、営業車にて専務さんのいる本社へと向かいます。

実はこれまでも、何度かこの会社の本社前を車で通過したことはあるのですが、その内部に潜入するのは初めての経験であり、ドキドキしながら敷地内に入って行きますが、業務に汗を流す多くの従業員の姿や敷地の大きさを目の当たりにして、緊張感は益々高まって行くのでした。

こうして辿り着いた受付にて要件を伝えると、事務の方のご案内付きで専務さんのお部屋に通され、高級そうな椅子に腰かけた先日のナイスミドルが、笑顔で私を出迎えてくれます。

『前回はそれ程感じなかったけど、オーラ凄いな・・・』などと考えながら、物件資料を手渡しますが、その後は一気に質問攻めを受けることになりました。

「この物件は天井高はどれくらい?」「シャッターの幅は?8t車で乗り入れできるかな?」等々、想定もしていない質問の嵐に撃沈してしまいます。

そして、「そこまでは調べていませんでした、すみません」とお詫びした上で、そのまま現地に急行して質問事項の確認作業をするハメになってしまいました。

『やはり事業用物件は居住用物件とかなり勝手が違うし、このような素人臭いミスばかりをしていたら、お客様に逃げられてしまうのでは・・・』と不安になりながらも、どうにか全ての質問事項への回答を集めることができましたので、後は「先方のお返事待ち」という状態です。

それから待つこと数日、「先日紹介してもらった物件の一つを内覧したい」との知らせが届くのでした。

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内覧、そして契約へ

こうしたプロセスを経て、ようやく『ご案内の約束』を取り付けることができましたで、「内覧の当日は車でお迎えに上がります」と提案してみたのですが、この申し出はやんわりと断られてしまい、「所定の時間に現地集合」というスケジュールに決まります。

そして約束の日を迎え、遅刻しないように現地に向かいますが、そこには既に乗用車が数台停車していました。

『これは一体、何事だ?』と思いながら声を掛けてみると、車から同じ作業服を着た方がぞろそろと降りて来ます。

どうやら専務さん、物件の内覧にあたり各部署の責任者をまとめて同行させたご様子です。

あまりの人数の多さに圧倒されながらも、物件内部を見て回ることにしますが、社員たちからは「次々と物件に関する質問」が飛び出します。

「あの床は防塵塗装になってるの?」「そこにあるクレーンは何キロまで対応してる?」等々、これまた想定外の質問ばかりです。

なお、こうした「質問責め」に遭うことは想定していましたから、事前にガッチリと調査は済ませておいたつもりだったのですが、やはり「答えられない質問」も多く

ダラダラと冷や汗をかきながら、元付けの業者に何度も連絡を入れては確認する作業が果てしなく繰り返されることとなり、この時のテンパり具合は私の歴史上「MAX」であったように思います。

こうした「苦痛の時間」を散々味わった後、ようやく内覧は終了となりました。

最後に専務さんから「他にも候補の物件があるから、次の役員会で結論を出すよ」とのお話を頂き、解散となります。

『他の候補物件あるんかい!』と帰りの車内で散々毒づきましたが、その夜のビールの味は格別でした。

そして遂に迎えた役員会の翌日、私の携帯電話に連絡が入り、「是非契約したい」とのお返事を頂きます。

ちなみに今回の取引は、お客様をご案内して成約を目指す「客付け業者」の立場でしたし、物件購入の資金も買主となる会社が直接銀行と交渉するとのことですから、ここまで漕ぎ着ければ殆どやることはありません。

元付け業者(売主側の不動産業者)から上がって来た売買契約書の案も、お客様の会社の総務部が全てチェックしてくれますから、私はただの伝書鳩といった雰囲気でした。

このようにして時間はあっという間に過ぎ去り、契約の締結は無事に完了し、決済・引渡しの後も特にトラブルはなく、私の初めての事業用物件仲介は大成功の内に幕を閉じるのでした。

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事業用物件仲介まとめ

さてさて、ここまでが私が初めて経験した事業用物件売買仲介の体験記となります。

「慣れない仕事に右往左往している内に、いつの間にか仕事が終わっていた」、これが正直な今回の取引の印象です。

その後、事業用物件の仲介を専門にしている不動産業者さんと知りあう機会がありましたが、私のようにスムーズに成約するケースは非常に稀であるらしく、今回のお取引はかなり運にも恵まれていた模様です。

それにしても、同じ不動産の仲介業務であるにも係わらず、居住用物件とはここまで勝手が違うことには本当に驚かされました。

なお、次に機会があれば事業用物件の元付けバージョンの体験記も書いてみようと思っているのですが、こちらの案件では打って変わって相当な苦労を背負い込むことになります。

どうやら楽に儲かった分は、必ず別の機会に利子付きで返ってくるのが、私の定めであるようです。

ではこれにて、「事業用物件売買仲介の模様をレポートいたします!(客付け編)」を締め括らせていただきたいと思います。