前回の記事に引続き、本日も賃貸物件の立ち退きに関する体験記をお届けしたいと思います。
建売用地の仕入れに端を発し、アパートの立ち退き業務を行うことになった管理人。(詳細については前回の記事「アパート立ち退き交渉の現場をレポート!(合意退去・前編)」をご参照ください)
そこで早速、入居者との交渉に臨んだものの「門前払い」を喰らってしまったことから、朝夕の共用部分掃除を行うことで、住人との良好な関係を築いて退去を促す作戦をスタートさせました。
そして、この狙いは見事に的中し2世帯残る入居者の内、1世帯の立ち退きに成功します。
これで残るは、60代後半で一人暮らしをしているおじさんのみとなりますが、ここに至るまでに既に2ヶ月以上の期間が経過していますので、残された時間は3ヶ月と少々です。
※建売事業を行うために銀行から借り入れた資金の返済期限は「1年6ヶ月後」となっていますが、建物の建築や販売を終了させるに1年は必要となるため、立ち退きに費やせる時間は6ヶ月がリミットとなります。
『果たして立ち退きは間に合うのか?』、プロジェクトはいよいよ終盤へと入って行きます。
では、不動産立ち退き交渉のレポートを始めましょう。

難航する説得
既にお話しした通り、毎日アパートの共用部分掃除を行うことで入居者との人間関係を構築し、情に訴えることで一世帯の立退きに成功した管理人でしたが、実はこれまでの期間に残るもう一世帯のおじさんとも既に顔見知りの仲になっていました。
管理人は釣りが趣味なのですが、どうやらこのおじさんも釣り好きな様子なので、時折これをネタにした会話で盛り上がっていたのです。
またタイミングを見計らっては、「本当は立ち退きなんかやりたくないのですが、社長が厳しくて・・・」と同情を買うようなトークを織り交ぜていたのですが、この話題になるとおじさんは『急に口を噤んでしまう状態』が続いていました。
そして何の進展もなく更に1ヶ月が経過したところで、思い切っておじさんを飲みに誘ってみることにします。
おじさんもお酒は好きな様子でしたから、「私のおごり」という言葉を聞くや、即座に居酒屋に向かうことになりました。
お酒を飲み始めてしばらくは差しさわりの無いトークが続きますが、おじさんに酔いが回り始めたタイミングで本題を切り出したところ、そこからおじさんの長い長い身の上話が始まります。
ちなみに身の上話の内容を要約すれば、現在おじさんは高齢者用の人材派遣サービスに登録して、その収入で暮らしてを立てているとのこと。
またその生活は困窮を極めており、以前サラリーマンをしていた時代に築いた貯金は既に底を付いていると言います。
実はこのおじさん、旧オーナーさんからすると「恩人」という立場にあり、お部屋の賃料も相場の半額程度となっているのですが、お聞きした経済状態ではこの半額の賃料さえ捻出するのは至難の技であるはずです。
そこで「よく賃料払えますね・・・、生活保護とかは受けないのですか?」と率直な気持ちをぶつけてみます。
おじさん「家賃はどんなに苦しくても払わないといけないでしょう。これまで水道も電気も一度も滞納したことがないのだけが自慢なんだよ」
そして更におじさんは「仲間からも生活保護を受けた方がいいと言われるけど、いくら歳をとっても国のお世話になるような情けないまねはしたくない」と続けます。
支給された保護費をパチンコなどに浪費する不貞の輩が多い中、ボロアパートに住みながらも、こうした高潔な魂を持った人間がいるという事実に、私の心は強く揺り動かされました。
『偉い!おじさん偉すぎる!』、退去を促すという使命も忘れて、この時は本気でおじさんの気高さに感激したのを今でも覚えています。
また、『そんな高潔な精神を持つおじさんだからこそ、生活保護を受けて安定した生活を手に入れるべきだ!』という想いも込み上げて来ましたので、必死の説得を試みますが、その信念を曲げるつもりはないようです。
そこで仕方なく、この日は一端説得を諦めて、また後日飲みに行く約束をします。
ただ、このままの状態が長引けば、おじさんはいずれ必ず賃料を滞納し、強制的に退去させられることになるでしょうし、たとえ立ち退き料を貰って引っ越したとしても、新居の賃料は2倍近くに跳ね上がるはずですから結局おじさんに未来はありません。
やはり生活保護を受けた上で新たな住まいに移り住むのが、彼にとっては何よりも幸せな選択であるはずです。
こうした考えの下、その後も何度かおじさんを飲みに連れ出して説得を続けた結果、遂に「立退きに応じる、保護の申請もしてみる」とのお言葉を頂きます。
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幸せな生活のために
もちろん、おじさんが立退きに応じてくれるのは仕事的にも『大変にありがたいこと』なのですが、この時の私は「どうにかおじさんの力になりたい」という一心で行動をしていました。
但し、このおじさんは一人で役所の手続きを行うのはちょっと無理そうなタイプの方となりますので、物件探しと並行しながら生活保護の申請にも私が同行してサポートを行うことにします。
まずは一度役所に出向いて生活保護申請に必要な書類を確認し、おじさんに書類を揃えてもらった上で、再び担当部署へと向かいます。
役所の担当職員からは「貯金残高を教えて欲しい」との要望や、「資産として扱えそうな物を持っていないか?」「親族にお金を貸してくれそうな人は居ないか?」等の様々な質問が飛び出しますが、聞かれそうな事項については事前に私と打ち合わせをしておりましたので、おじさんはテンポ良くそれに答えて行きます。
こうして面談は終了し、今後は受理した申請書を精査した上で、本人からの申告内容に虚偽ないかの身辺調査を行い、問題がなければ保護費の受給という流れになるようです。
ちなみに役所の方からは、「申請した中身に嘘がなければ、まず間違いなく保護費はもらえますよ」とのお墨付きも頂けましたので、内心胸を撫で下ろしていたのですが、驚愕させられたのは提示された支給額についてでした。
具体的な金額の記載は避けますが、予定されている支給額は「想像していたよりも遥かに低い額」だったのです。
「一体どうして?」と役所の担当者に尋ねてみると、おじさんは派遣業とはいえ『収入があるから』というのがその理由でした。
そして担当者の口からは「仕事辞めてしまえばもっと貰えるのに・・・」などという言葉まで飛び出しますが、おじさんは「俺は働ける内は働く!」の一点張りです。
このようなやり取りを聞いている内に、私の心の中で沸々と怒りが込み上げて来てしまい、「頑張って働いている人間の支給額が少なくて、働かずにパチンコやっているヤツが大金をもらうのはおかしい!」とおもわず怒鳴ってしまいました。
ただ、役所の担当者に文句を言っても仕方がありませんし、こちらは支給をお願いしている立場ですから、程々のところで非礼を詫びて審査の継続をお願いします。
そして数週間後、おじさんの生活保護申請は無事に承認され、通常の家賃設定の物件を借りても、ギリギリ生活できるだけの保護費を受け取ることが可能となりました。
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立ち退き完了!そしてまとめ
その後、おじさんの新居もどうにか確保することができましたので、程なくしてアパートは解体され、3棟の建売へと姿を変えました。
なお、おじさんの移転先は何故か私の自宅の直ぐ側に決まりましたので、今でも時折お酒を飲みに行っています。
それにしても、今回の立ち退きは様々なことを考えさせられる仕事でした。
物事を進めるには、人との繋がりが何よりも大切だということ。
そして、本当に困っている人たちが報われない社会の構造が、未だに我が国には存在しているという事実。
町場の不動産屋である私にできることなど限られてはいるでしょうが、少しでも世の中を変えて行けるように努力を続けて行きたいと思います。
ではこれにて、不動産立ち退き交渉に関するレポートを閉めさせていただきます。